とある貧乏旗本の三男坊かもしれない
電話の向こう、部下の女性刑事は泣き声で訴えてくる。
「今、どこにいる?」
『安芸総合病院の……救急外来に……』
なんと、今この病院ではないか。
「すぐに行く!! 彰彦、彼女を病室に送ってくれ!!」
聡介は電話をポケットにしまい込んで走り出した。
「うさこ!!」
声をかけると、診察室前のベンチに腰かけていた彼女ははっと顔を上げる。
「どうした、何があった?!」
「班長、わた、私……っ!!」
結衣はすっかりうろたえている。
「しっかりしろ!!」
両肩を掴んで揺すると、彼女の目からぽろぽろ涙が零れ出す。
「……あれ、班長。どこにいたんすか? 早かったっすね」
そう言って診察室から出てきたのは、顔中に傷テープを貼った日下部であった。
「日下部、お前……何があった?」
「どうもこうも、西島進一の自宅マンションで張り込みをしていたら……突然、賊に襲われたんですよ」
「賊……?」
「たぶんどっかの暴力団関係者でしょうね。動きもバラバラで統一感がなかったし、全然息が合ってないみたいでした」
「怪我は、無事なのか?!」
すると彼は笑って、
「たいしたことじゃありません。さすがに無傷って訳にはいきませんでしたけど……入院するほどのことでもないし。医者が驚いていましたよ、すげぇ頑丈な身体だって」
聡介は心から安心して息をついた。
「よぉ、うさこ。お前、なんて顔してんだよ」
タガが外れたかのように、うさこはわっ、と声を上げて日下部にしがみついた。
「良かった、日下部さん……!!」
「心配すんなって言ったろうが」
ぽんぽん、とグローブのような大きな手で日下部は相棒の肩を軽く叩く。
それから聡介は彼に襲ってきた賊の特徴その他、詳しいことを訊いた。
和泉の言ったことは本当だった。
西島進一はこちらを『敵』とみなし、行動を起こしたのだ。
「それにしても、不思議な通りかかりの人が助けてくれて良かったですよ」
「通りがかりの人?」
「何者か知りませんが、警察関係者だと思いますよ。俺らが捜査1課の人間だって、すぐピンと来たみたいっす」
何者だろう?
「うさこ、お前はその人物を……うさこ?」
結衣は先ほどから押し黙ったまま、俯いている。
どうした、と軽く肩に触れると、
「……した……」消え入りそうな声。
怪訝に思って様子を見ていると、彼女は顔を上げ、涙をいっぱい目に浮かべた状態で口を開いた。
「私、怖くて……何もできませんでした!! 日下部さんを助けることも、応援を呼ぶことも……」
聡介は黙っていた。
彼女の気持ちはわかる。刑事になりたての若い頃、実戦に向けてどれだけ訓練を積もうが、いざとなると恐怖で動けなくなったことを思い出す。
だが、そんな甘えはいつまでも許されなかった。
自分達の仕事は常に危険と隣り合わせであることを、否応なく身にしみて感じたものだ。
うさこ、と聡介はわざと冷たい口調で言った。
「悔しいか?」
「……はい……」
「悔しかったら、覚悟を決めろ。お前が選んだのはそういう仕事だ、と」
ややあって、彼女の返事があった。
「……はい!!」




