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それは偏見というもの

「へぇ~。忘れらない彼女かぁ……一途なんだね、彼」

 で? 友永はカクテルグラスに挿してあったマドラーを手に取り、向かいに座っている女子大生達の眼の前でゆっくりと円を描く。

「具体的にそのへんの話、本人から聞いてる?」

 彼女達は一斉に顔を見合わせ、首を横に振る。


 すると女子大生の一人が言った。

「もしかしたら、ビアンカ先生なら知ってるかも……」

「ビアンカ?」

 思わず駿河は声に出して、驚きをあらわにしてしまった。


「進一君って、彼女と古くから知り合いみたいでぇ~。でもなんていうか全然、二人の間に恋愛感情はないっていうか……ほら、あの先生ってちょっと男みたいっていうか……」

「そうそう。なんでも、彼氏にさんざん浮気を繰り返されたとかで別れたんだって!」

「うーん、でもわかるかも。なんていうか、あの人、強そうだもんね」

 

「普通は男の人って、思わず守ってあげたくなる華奢な女に惹かれるじゃない? 刑事さんだってそうでしょ?」

 女性の一人に問いかけられ、友永は笑いながら答えた。

「それは、どうかな?」

 それからはどう考えても悪口としか思えない、憶測や先入観に満ちたおしゃべりとなり、ビアンカを知っている駿河は気分が悪くなってきた。

 それほど長い付き合いではないが、彼女に好感を抱いている身としては気分が良くない。


「じゃ、俺達はこれで。いろいろありがとう。いつでも連絡くれよな?」

 頃合いを見計らって友永が言い、伝票を取り上げる。

 キャーと黄色い声が上がった。


 店を出ると、途端に相棒は言った。

「……わかったか? あれが女っていう生き物だ。集団になると特にタチが悪い」

 給料日まであと何日だよ、と呟きながら。


「友永さんは、僕を女性不信にしたいんですか?」

「……何言ってやがる。信じるか信じないかは、お前次第だろうが?」

 友永はニヤリ、と無精髭だらけの顔に笑みを浮かべた。


 その時。

「あの、刑事さん!」

 先ほどの『女子会』で、隅っこにポツンと座っていた女性の一人が追いかけてきた。


 派手な化粧と衣装で着飾った女性たちに比べ、どこか地味な様子のその女子大生は、よほど急いでいたのだろう、肩を上下させている。

「彼女達の言ったこと、本気にしないでくださいね? あの人達、授業態度や身なりのことでビアンカ先生にひどく叱られたことがあるんです。そのことを根に持ってて……」


 わかる気がする。

 先ほどの女子大生達は皆一様に着飾って、爪をやたらに装飾し、果たして本当に勉強しているのかと疑うような格好をしていた。


 おそらく、だが。まともに授業にも出ず、ただ単位欲しさにゼミ仲間のノートをあてにする。

 そういうタイプではないだろうか。

 

 駿河が学生だった頃にもそういう学生はいた。


 友永は黙って続きを促す。

「あなたは、西島進一さんに関して何かご存知ですか?」

 女性はこくり、と頷く。


「西島君、確かに大切な彼女がいたらしいです。バイオリンをやっていたって聞いたことがあります……」

 彼女、バイオリン。

 駿河は素早く頭の中でメモを取った。


「だから、どんなに綺麗な女子生徒が言い寄っても全然相手にしないから、ゲイの噂まで立てられちゃって」

 実は自分も同じ経験をした駿河はつい、胸の内で苦笑してしまった。

「その彼女ですが、ドイツに留学の経験はありましたか?」

 女子大生は首を傾げる。

「さぁ? さすがにそこまでは……でも西島君、海外に行ったことはあるって言っていました。ドイツに」

「その、彼女の名前はわかりますか?」

 駿河は少なからず、興奮を覚えていた。


 もう少しで動機が判明する。

 そうすればきっと、真相が明らかになる。


 しかし返事はノーだった。

 他に何か知っていることはないかと訊ねると、

「彼女の形見をいつも肌身離さずに持っているって聞きました。もっと詳しいことなら、ビアンカ先生に訊いた方がいいかもしれません」


 刑事達が礼を言うと、女子大生は複雑な顔をした。

「西島君……私みたいなブスな女にも、平等に優しく接してくれるんです。本当に優しくて、いい人なんですよ? だから私……彼が変に疑われたりしないよう、思い切って自分の知っていることをお話ししました」

 それじゃ、と彼女は店に戻っていく。


 駿河は何と言っていいのかわからなかった。


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