とたんに
頭が真っ白になってしまう。
警察学校にいた頃は、何度もこういう場面に遭遇した時の訓練をしたはずなのに。
パニックになった結衣は夢中でもがいた。靴が片方、脱げてしまう。
「日下部さん!!」
助けて、と声にならない声をあげる。
一方の日下部はさすがに柔道の有段者だけある。身構えて、攻撃してくる男達を相手に奮闘していた。
彼は1人を仕留めると、急いでこちらに走ってきてくれた。
結衣に抱きついている男の肩をつかんで引き剥がし、足払いをかける。
どたっ、と大きな音を立てて男は地面に背中をつけた。
「大丈夫か?!」
はい、と返事をして結衣が立ち上がりかけた時だ。
「日下部さん、後ろ!!」
日下部の後ろで賊の一人が長い棒を振り上げていた。
暗がりの中でも、それが警棒だと結衣にはわかった。
しかし相棒の動きは素早く、振り向きざま相手に拳を喰らわせ、見事にノックアウトする。
それから日下部は結衣を庇いつつ、必死で応戦した。
そうだ、確か車に警棒が積んであったはずだ。
結衣は急いで車の後ろに回ろうとしたが、賊の1人に阻まれた。
応援を呼ばなければ。そうだ、携帯電話……!!
ポケットに入っていた携帯電話をつかんだ結衣は、手に強い衝撃と痛みを覚えて、思わず電話を地面に落してしまった。
敵の警棒で手元を叩かれていたのだ。
ジンジンと痛みが広がる。
何か、何か盾になりそうなものは……?
向かい合った男はもしかしたら、何かクスリでもやっているのかもしれない。
何やら意味不明な奇声を上げながら警棒を振り下ろしてくる。
結衣は咄嗟に両腕で顔を隠し、きつく眼を閉じて攻撃に備えた。
しかし。予測したような衝撃は来ない。
その代わりにぎゃあああっ?! という異様な悲鳴が聞こえた。
おそるおそる眼を開けると、先ほど結衣に襲いかかった賊が、白眼を向いて地面の上にもんどりかえっている。
いったい何が起きたのだろう?
自分は何もしていないのに。
そうだ、日下部は?!
結衣が振り返ると、彼は複数人に襲いかかられ、文字通り警棒により【袋叩き】に遭っていた。
「日下部さん!!」
結衣は何も考えずに飛び込んで行こうとしたが、すぐ目の前で不思議なことが起きた。
まだ何もしていないのに突然「ぎゃっ」とか「うぐっ」とか呻き声が聞こえ、男達は次々と地面に膝をつく。
それから。
「ぎゃあああ~っ、い、痛い!! 離せ、痛いいたいーーーっ!!」
男の一人が悲鳴を上げる。
「そりゃ、痛いでしょうね。痛いようにやってるんだから」
知らない男の声。
「あんた達、どこの組の人間? 誰に頼まれたの?」
賊は一斉に立ち上がると、それぞれ様々な反応を残して走り去っていく。脇目もふらずに逃げ出す者。舌打ちしながらチラチラとこちらを睨んで、及び腰で走っていく者。
「まぁ、いいわ。アタシには関係ないし」
あれ? 声は確かに男性なんだけど、どうも口調が……。
車のエンジン音がし、恐らく賊たちが去っていたことを確認する。




