張り込みはつらいよ
張り込みは正直、辛い。
尾行も苦手だ。
そんなことを言っていたら刑事など務まらないのだが。
結衣は車の中で西島進一のマンション前で張り込んでいた。相棒である日下部も一緒におり、彼は運転席に座っている。
西島進一は留守のようだ。
マンションのかなり高い位置にある部屋は暗く、インターホンを押しても応答がなかった。
今のところ、彼を訊ねてくる人物はいない。
すっかり夜も更け、消防署が午後8時を知らせる音楽を流している。
出かけているのだとしたら、大学生だから合コンだろうか。裕福な暮らしぶりからしてアルバイトとは考えにくい。
「……なかなか、帰ってきませんね……いつまで待たなきゃいけないんでしょうか?」
結衣はつい、弱音を吐いてしまった。
「今時の大学生だろう? どうせ、合コンとかなんとかそんなところだろ。その内、可愛い女の子でも連れて帰ってくるんじゃないか」
日下部はどこか羨ましそうに答えて言った。
「可愛い……ねぇ。私なんて、今時の大学生ってみんな同じメイク、同じファッションで画一化されてて、誰が誰だか見分けがつかない気がします。最近じゃ、大学デビューっていうんですか? 皆に受け入れてもらうために必死なんだそうですよ。ブランド物を持って、洋服にもかなり気を遣って」
「へぇ……学生も大変だな」
「日下部さんの頃はどうだったんですか?」
「俺か? 俺は高卒で県警に入ったから、大学のことはわからん。何しろ、中学ぐらいの頃から警察と自衛隊、消防からもスカウトが来たからな」
わかる気がする。子供の頃から柔道をやっていて、常に優秀な成績を収めてきたというから、確かに欲しい人材だろう。ガタイも良い。
「ところで、久美子さんとはどうやって知り合ったんですか?」
いきなり結衣は話題を変えた。
「……なに?」
日下部の妻である久美子は取り立てて美人というほどでもない普通の女性だが、愛嬌があって、料理も上手だ。それこそ嫁のもらい手ならいくらでもあったに違いない。
結衣は前々から聞いてみたかった。
「何て言ってプロポーズしたんですか?!」
日下部は顔を赤くして焦っている。
「お前な……いちおう、仕事中だぞ」
「だって、退屈なん……」
そう言いかけた時だ。コンコン、と車の窓をノックする音がした。
駐車違反を取り締まっているのだろうか。ここは確かに駐車禁止区域だが、運転席に座っていればどうにか……と思っていたのだが。
同業者だろうか?
結衣が窓を開けると、やはりそうだった。
見慣れた紺色の制服を着た男性が2人、にこやかに話しかけてくる。
「お二人とも、ちょっといいですか?」
車から降りて来い、ということか。
結衣も日下部もシートベルトを外し、ドアを開けようとした……瞬間、外から伸びてきた手に腕を掴まれ、バランスを崩して地面の上に座りこんでしまう。
「うさこ?!」
思わず悲鳴を上げかけて思い留まる。
何者?!
結衣は目を凝らして相手を観察した。何人いるのか、この暗がりでは確認できないが。おそらく5人は確実にいる。
彼らは一様に県警の制服とよく似てはいるが、微妙に異なる服を着用し、手には長い棒のようなものを持っている。
そして。
いきなり、結衣は背後から男の一人に抱きつかれた。




