ジェラシーに決まってる
どうして、西島進一が周と知り合いなのだ?
「……金曜日の約束って何?」
西島進一の姿が完全に見えなくなった頃、和泉は周に問いかけた。
えーと……初めは少し悩んでいた様子の周だが、
「なんでそんなこと、和泉さんに言わなきゃいけないんだよ?!」と、もっともな反論をする。
なんで、だと? そんなのジェラシーに決まってるじゃないか。
「……ねぇ、周君。お兄さんって今、自宅にいる?」
「知らない。どうせ、まだ職場……」
その時だった。
周? と、後ろで声がした。
「賢兄!!」
噂をすればなんとやら、だ。藤江賢司が姿をあらわした。
「……弟が何か?」
暗いせいだろうか、少し顔色が悪いように見える。
仕事帰りのようで、スーツにネクタイ姿である。
和泉は自宅に戻ろうとする彼の前に立ちはだかった。
「今度は何を企んでいるんです?」
賢司は気分を害した表情を見せて応える。
「人聞きの悪いことを言わないでください」
「……西島進一とは、どういうお知り合いです?」
「……あなた方が出てこられるということは、何かの事件に絡んだことですか?」
質問に質問で返され、和泉は苛立ちを覚えた。
「質問をしているのはこちらです」
すると賢司は目を逸らし、素っ気なく答えた。
「お答えしたくありません」
二人の間に隙間風が吹く。
「こ、子供の頃から家族ぐるみで付き合いがあったんだって」
見るに見かねた周が、とりなすように答えてくれた。
「へぇ……かなり親しいようですね?」
背後で父がヒヤヒヤしているのが伝わってくる。
しかし和泉はかまわず、
「そうでしょうねぇ。西島進一の祖父は地元が産んだ名士、あなたのお祖父さんが創めた会社もまた、地元発の有名な一流企業なんですからね」
「……僕が進一君と連絡を取ったのは、久しぶりですよ。この子の勉強を見てもらおうと思いましてね」
和泉はじっと相手の眼を見つめた。
嘘をついているのか、それとも真実を語っているのか。
沈黙をどう受け止めたのか知らないが、賢司は再び口を開く。
「そういうことなら自分に任せろ、ですか? そうおっしゃるのなら、警察官をお辞めになって、教師の資格をお取りください。こちらは料金を支払う立場ですのでね。弟の将来がかかっているんですよ」
周が兄を窘めようと何か言いかけた時だ。
ぐらり、と賢司の身体が傾く。本当に調子が悪いようだ。
「病院へ……! 救急車を!!」
和泉は急いで携帯電話を取り出した。
しかし、
「放っておいてください。救急車は呼ばなくていい」
彼は弟に向かって言った。
「……美咲を呼んできてくれ」
「お手伝いしますよ」
和泉は手を伸ばした。
「余計なお世話です」
「……美咲さんでは、もっと具合が悪くなるのではありませんか?」
賢司は驚いた顔を見せ、額に汗を浮かべながら、
「……あなたよりは数倍マシです」
すると。それまでずっと和泉の後ろで黙っていた聡介が、賢司に手を差しのべる。
「周君、反対側を支えてくれるか」
「あの、平気ですから……」
賢司の口調はどこか戸惑っているようだった。
「そんな顔色で言われても、説得力がありませんよ」
聡介は賢司に肩を貸して歩き出す。
急いで周が反対側にまわって、兄を支えた。
和泉はただ、黙って様子を見守った。
しばらくして聡介が戻ってくる。
そして、ビビった。
父は怒っている、それも静かに。
「さ、作戦ですよ? 作戦!!」
「作戦……?」
「こちらが敵だということを、西島進一に認識させるんです。そうすればきっとあのタイプの人間は行動を起こす。上手くすれば現行犯逮捕……そうなれば、たとえ父親や祖父が誰だろうと……」
そう上手く行くといいな、と素っ気なく言って聡介は助手席に腰を下ろす。
それからぽつりと、
「周君を巻き込むつもりか?」
和泉は運転席に座り、シートベルトを締めながら応える。
「……もうとっくに、巻き込まれていますよ」
「なんだって?」
「周君のことは、僕が守ります。この命に替えても」
エンジンボタンを押し、強めにアクセルを踏み込んで大きな音をさせ、和泉はそれ以上の質問を拒んだ。




