本日のお前が言うなスレ
和泉と聡介は2人で組んで、西島進一を尾行することにした。
通常の業務を終えた後のいわば残業タイムの話である。
まず、彼の居場所を突き止めるのにやや時間がかかった。
やがて、外出しているという情報だけが判明する。
とりあえず、一度家に帰って着替えや何かいろいろと支度をしよう。そういう訳で2人はマンションに戻っていた。
当面の着替えと、郵便物の整理、軽く部屋に掃除機をかけ、それから再び駐車場に向かった。
その時だ。
サイドミラーを何気なく見ていた和泉は、思いがけないものを見た。
西島進一が周と一緒にこちらへ向かって歩いてくる。
「彰彦? どうした」
和泉はしっ、と指を唇に当て、様子を伺った。
2人はかなり親しげに会話をしながら、こちらに気付いた様子もない。
「どうして、西島進一が周君と一緒にいるんだ……?」
聡介が小声で呟く。
まさか……。
和泉は携帯電話を取りだし、思わず藤江賢司の名前を探した。なかなか見つからない。
苛立ちが抑えきれず、和泉は二人の前に飛び出した。
「おい、彰彦!?」
「周君」
突然あらわれた和泉に、周はひどく驚いた顔をした。
と、同時にどこか気まずそうな表情をする。
「和泉さん……どうしたの?」
「そっちの彼は……誰?」
わかっていてあえてそう訊ねたのは、周に妙な警戒心を起こさせないためだ。
周はやや躊躇した後、
「俺の……家庭教師だよ」
「……へぇ、家庭教師ねぇ……僕の授業じゃ、満足できないんだ?」
後からやってきた父が、背広の裾を引っ張るが構いやしない。
すると。
「……俺は、わからないところは和泉さんに教えてもらうからいいって言ったんだ!! それなのに賢兄が……」
思いがけない周の返答に、状況をわきまえず、和泉は思わずキュンとしてしまった。
しかし。
「はじめまして!! 周君の家庭教師で、西島進一っていいます!」
初めまして?
そう言われてみれば、和泉は西島進一と直接対面するのは初めてだ。
書類の上では何度も目にしたが。
「ついでに言うと、僕けっこう本気でこの子のこと、愛してます。周君って、本当に可愛いですよね~!!」
進一は周の肩をぐいっと抱き寄せた。
一気に血圧が上がる。
「その点は同意するけど、その手……離してくれないか?」
「嫌です、って言ったら?」
明らかに相手はこちらを挑発している。
和泉は唇を固く結んで黙っていた。
やがて進一はやれやれ、と肩を竦めつつ、周から離れる。
「名刺をお持ちでしたら、いただけますか?」
和泉はポケットから名刺ではなく、警察手帳を取り出し、
「どうぞ確認してください」と、相手に見せた。
「へぇ……警察の方ですか。もしかして、刑事さん?」
それからようやく、和泉の後ろにいた聡介にも気付いたようだ。
「あ、いつかの刑事さん……」
何か言いかけた父を遮って、和泉は進一を睨んだ。
「もしかしなくてもそうだよ。あまり下手な言動を繰り返すと、公務執行妨害で逮捕するからね」
「……ふーん、やっぱり国家権力を持ってる人って横暴だよね。ねぇ、周君もそう思うでしょ?」
周は返事をしない。
「警察官は悪いことなんかしないって、幻想だよね。本日の『お前が言うな』スレってやつ?」
「我々のことはどうでもいい。それよりも……周君は僕の可愛いステディなんでね。あまりベタベタ触らないでくれないか」
和泉の台詞に、周がギョっとした顔をする。
すると進一は笑って、
「じゃあ、刑事さんは僕のライバルだ」
「……そうなるね。僕が、君に手錠をかけたらゲームセットだ」
進一の表情が強張る。
「変なこと言わないでくれます? 僕が何か、犯罪でもやらかしたみたいじゃないですか」
こっちはそうだと考えているけどね。
和泉は口に出さず、胸の内でそう呟いた。
それから進一は周に向き直り、微笑みかけて言う。
「じゃ、周君。またね。金曜日の約束、忘れないでね」
なんだ、金曜日の約束って。
容疑者は周に手を振って帰り道を歩きだした。




