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しかし、正確には県警本部と道路を挟んだ向かい側にある総合病院である。
「誰か、知ってる人が入院してるの?」
気がつけばすっかりタメ口になっていることに、周は気付いていない。
ま、そんなとこかな。進一は簡単に答えて迷いなく病室へ向かう。
病院というのは独特の雰囲気がある。
できることならずっと健康でいたい、としみじみそう思ってしまう。
ここだよ、と足を止めた部屋のドアは開かれていた。入院患者は2名らしい。
中に入るとカーテンが閉まっている。おそらくもう一人の患者は既に眠っているのだろう。
なるべく大きな音を立てないように気を遣いつつ、進一の後ろをついて歩く。
「……ビアンカ、起きてる?」
思いがけず外国人の名前が聞こえて、周は驚いた。
「進一?!」
部屋の一番奥、窓際のベッドにいた患者は、長い金髪をした女性であった。
「どうして? 私、誰にも知らせてないわよ……?」
「気にしない、気にしない」
これ、お見舞いと彼は白い封筒を差し出した。
顔色は悪くない。病気のようには見えないが……。
周はさりげなく女性の顔を見て、あっと声を出しそうになった。
宮島で姉をナンパしてきた白人男の連れで、通訳をしてくれた人だ。
向こうも周の顔を見て、驚いた顔をした。
「あなた、もしかして美咲の弟……?」
「え? あ、はい。うちの姉を知ってるんですか?」
「知ってるわよ、親友だもの」
少し警戒気味だった彼女の表情は氷解し、笑顔になった。
周の方も姉の親友だと聞いて、すっかり心を許してしまう。
「なんだ、二人とも知り合いなの? ところでさ、ビアンカ。お願いがあるんだ」
「お願い?」
ビアンカと呼ばれた女性は再び、さっと身構えた様子を見せる。
「この子、名古屋シティフィルのファンらしいんだけど、今度の公演チケット取れなかったんだって。ビアンカは持ってるでしょ? でも、その様子じゃ行けないよね」
「……」
「だから、この子に譲ってあげてもらえないかなって」
少しの間、沈黙が降りた。
「そうね……美咲の弟なら」
「本当ですか?!」
思わず周は大きな声を出してしまい、慌てて口を抑えた。
ビアンカは微笑み、
「美咲によく似ているわね、特に笑顔が」
「あ、ありがとうございます!!」
すっかり嬉しくなって、周はそれ以外、何も言えなくなってしまった。
「じゃあ、ビアンカ。また来るね」
「楽しんできてね」
金髪の美女は微笑んだまま、手を振って見送ってくれた。
「すっかり遅くなっちゃったね。じゃ、送っていくよ」
病院を出て進一はそう言ったが、周は、
「大丈夫だよ、先生ん家って俺のとこと反対方向だろ?」
「ダメだよ。さっきのカメラマンみたいなのに捕まったらどうするの」
そう言われたら断る理由もない。
2人は路面電車に乗るため、大通りに出た。




