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世間って狭い

 買い物を済ませると、下りエレベーターに乗った進一は周を振り返って言った。


「どこかで晩ご飯、食べて帰らない? 付き合ってもらったお礼にご馳走するから」

 姉が用意して待っている……と言いかけて、周は、そう言えば彼女は今日、実家に行くと言っていたことを思い出す。

 何でも旅館の方で緊急会議があるとか。


 あの会計士が呼んだらしい。

 和泉が紹介してくれたあの人は、ちゃんとやってくれているだろうか……?


「周君?」

「あ、はい。わかりました」


 賢司はどうせ、今日も仕事場から帰らないだろう。

「何が食べたい? っていうか、周君って食べられないものってある? 実は僕、どうしてもキュウリだけは食べられないんだよね~……」

 珍しいことを言うな、と周は思った。


 結局、進一の勧めで、家では滅多に食べないイタリア料理店に落ち着いた。


 そこは進一の行きつけの店らしい。

 彼の顔を見るなり店員が満面の笑みを浮かべ、どうぞこちらへ、と案内してくれる。

 奥まった個室の、特別な席のようだった。


「周君、ワイン飲む?」

 ワインリストを手に進一が尋ねる。

「俺、未成年ですけど……」

「え? 僕なんて中学生ぐらいの頃から飲んでたけどなぁ」

 親はどういう教育をしてるんだ。


 じゃあ、と進一はまずワインを注文し、周はジンジャーエールを頼んだ。


「そういえばさっきのカメラ男……どうなったんだろう?」

 おしぼりで手を拭きながら、周はなんとなく窓から外を見回す。

「さぁね。どうせ近くにいると思うよ。ああいう奴らってさ、ほんとしつこくて図々しくて……厚顔無恥だから」


 その時、何気なく店内に流れているBGMに耳を澄ませた周は、それが先日、新里と三村亜沙子が演奏していたオリジナルの曲であることに気付いた。


 後で聞いた話だが、二人で作曲したということだ。

 コンサートの折り、CDの宣伝もしていた。周はもちろん購入した。


「この曲……」

 思わず天井を見上げ、スピーカーを探す。

「え、周君知ってるの?」

「確かあの、新里さんっていうピアニストと、三村さんっていうバイオリニストの……」

「そう! よく知ってるね?! この店のオーナー、僕の知り合いでね。素敵な曲だから是非お店で流してって頼んだんだ」


「新里さんって、俺の知り合いなんです……」

「そうなの? 僕は三村亜沙子さんと知り合いなんだけど……」


 思わぬところで意気投合してしまった。

 周は急にテンションが上がるのを感じていた。


 世間は狭いというか、思いがけないところで、思いがけない出会いがあるものだ。


 気がつけば食後のコーヒーが提供されている、それぐらい話に熱中していた。


 進一は亜沙子と幼馴染みで、家族ぐるみの付き合いがあったそうだ。

 彼女は名古屋の人だと勝手に思っていた周は驚いた。

 

 そして話している内に、周の心の片隅にまだ微かに残っていた進一に対する警戒心は、すっかり氷解していた。

 

 ごちそうさまでした、と店を出る。

「そういえば来週、サンプラザに来るんだよね。名古屋フィル」

 嬉しそうに進一が言う。楽団がコンサートでやってくる時の話だ。

 

 しかし、そのことで周の気持ちは少しだけ萎んだ。

「あ……俺、チケット取れなくて……」


「チケットならなんとかなるよ?」

「ほんと?!」


 生きてて良かった……!!


 ただし、と進一は突然足を止めた。

「周君が僕の言う条件をのんでくれたら、ね?」

 何を言われるのだろう? 周は身構えた。


「もうちょっとだけ、僕に付き合って」

 そう言って彼が手をひっぱり、向かった先は県警本部のように思えた。


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