お買い物は紙屋町へ
大学になんて行くつもりはない。
いや、賢司の言いなりになどならない。
それでも家庭教師を困らせる訳にもいかない。それに実際、彼は教え方も上手く、周にとってまったく無益というわけではなかった。
じゃあ今日はここまで、と進一は参考書を閉じた。
今日は学校が終わってから、家庭教師が家にやってきてくれた。
授業が終わったのは午後5時過ぎ。
「ごめんね、無理言って」
ところで授業が始まる前、また買い物に付き合ってくれない? と西島進一は言った。
もうすぐ母の誕生日で、プレゼントも決まっているんだけど、一人で買いに行くのが恥ずかしいから。
だったら通販でも利用しろよ、と周は思うのだが、なんとなくその言い方が可愛らしくて、つい引き受けてしまう。彼は人にお願いをするのが上手だ、思う。
外に出ると既に日が暮れていた。
周は進一と共に路面電車に乗り、紙屋町へ向かった。
「そういえば賢司さん、元気?」
旅行の時どこか具合の悪そうだった賢司だが、一時的なものだったのか、帰ってからは普通にしていた。
「ええ、まぁ」
「あの人も仕事の鬼っていうか……ずーっと働いてばっかりいるんでしょ? たまにはゆっくり休んで、息抜きでもすればいいのにね」
紙屋町に到着する。
夕方の繁華街は仕事帰りのサラリーマンや、学生、買い物帰りの主婦などで賑わっている。周達は真っ直ぐに目的のデパートに向かっていた。
大通りを渡るために信号を待っていると、後ろから人の気配が近づいてきた。
「西島進一さん、ですよね?!」
誰だ?
周は驚いて振り返る。
そしてさらに驚いた。後ろに立っていたのは、宮島の旅館で見かけたあの男だったからだ。バイオリニストの三村亜沙子につきまとい、騒ぎを起こしていたあのカメラ男。
「あの、ちょっとだけお時間ください。インタビューに答えてください!」
「急いでいるので」
進一は素っ気なく言って周の手を掴むと、信号が赤から青に変わる直前を見計らって横断歩道を渡りだす。
「アレックスさんと知り合いだったんですよね?! ほら、宮島で死体が見つかったあのドイツ人男性……!!」
そういえばそんな事件があった。
報道では『警察は通り魔による犯行』と見ていて、目撃証言を集めていると言っていたのを周も見た。
そうだ、あの外人。
宮島で姉をナンパしてきた、白人男性。
そう言われてみれば……あの時、進一も一緒にいなかったか? もう一人、金髪の女性と三人で。
カメラ男はしつこく後をついてきて、デパートの中にまで入り込んできた。
「いい加減にしてください! 警察を呼びますよ?!」
進一が振り返ってそう言っても、相手はまったく怯まない。
「警察は通り魔による犯行とみていますが、どう考えますか? 実はあのドイツ人男性が結婚詐欺師で、日本に来てからも何人もの女性を騙していたこと、ご存知ですよね?!」
なんだって?!
周は思わず足を止めた。
「周君、行くよ!」
進一は力を込めて周を引っ張る。
「でも……」
そういえば何階に行くつもりだろう?
それからエレベーターの前に到着した。タイミング良くエレベーターが一階に降りてきたところで、進一は周を文字通りカゴに押し込み、自分も中へ滑り込んだ。
ついてこようとするカメラ男に向かって、彼は足蹴りをくらわした。
見事にヒット。
カメラ男はバランスを崩して床に倒れ、尻もちをついた。
進一は急いで閉ボタンを連打する。
扉が閉まり、エレベーターは上昇を始めた。
「……ごめんね、びっくりしたでしょ」
「うん……」
目的地は7階の家庭用品売り場らしい。
「そういえば、先生って……あの殺された外人さんと一緒にいたよね?」
エレベーターの中は二人きり。
進一は黙っている。
「別に、あの……だからどうって訳じゃないけど……」
会話はそこで途切れた。
7階へ到着した音がして、扉が開く。
進一は周の腕を引っ張るようにして外に出る。
彼は売り場ではなく、ほとんどの客が滅多に利用しない階段の踊り場へ連れて行った。
「僕が殺したと思ってる?」
顔色一つ変えず、進一は問い返して来た。
周が先を言い淀んでいると、
「僕は何も間違ったことはしていないよ」
進一はにこっと微笑む。「さ、行こう?」
彼は今度こそ売り場の方へ歩いていった。
キャラの描き分けがどうとか、わかってるから言わないでください……。




