自費で行くにはちょっと辛い
「西島進一はドイツに留学していたと言っていましたね」
うさこの言った「三角関係」もありうるな、と考えながら和泉は刑事部屋に戻り、まっすぐ父の席に向かった。
「ガイシャと知り合ったのも向こうだと言っていたな」
「ドイツに……行きます?」
聡介は頬を歪めるような笑い方をした。
「さすがに費用が降りないだろ」
自腹で行くには多少、時間と費用がかかる。
「それよりもおもしろい情報を得ましたよ」
和泉はプリントアウトされた資料を机に置いた。
それから日下部の隣の席に腰を下ろす。
「鑑識の平林郁美さん曰く、被害者は何か指輪のような硬いものをはめた手で殴られたのだと。それもかなり特徴のある模様の」
「……西島進一は指輪をしていたか?」
「いえ、さすがにそこまでは」
基本的に眼がそこへ行かない。
「っていうか、彼、独身でしょう?」
それから和泉は右隣を振り向く。
「ねぇ、ひろみさん。左手を見せてください」
和泉は返事を待たずに日下部の左手をとった。
それから黙って薬指の指輪を外す。
「……何やってんだ?」
「洒落っ気も何もないですね」
「やかましい、返せ」
日下部は指輪を取り返して指にはめなおした。
「もしかして、イニシャルとか寒いメッセージとか彫ったりしてます? ひろみから久美子へ、みたいな」
「ひろざねだっつーの! 寒くて悪いか?! そもそも、人の家の嫁さんの名前を気安く呼び捨てにするんじゃねぇぞ!!」
あはは、と和泉は笑って自分の席に戻った。
「それにしても……動機ですよ。ビアンカさんが何か絡んでいるのでしょうか?」
「いや、俺の見たところ、そういう感情は見受けられなかった。あの2人はあくまで親しい友人同士……それ以上でもそれ以外でもないように思う」
聡介がそう感じたのならそうだろう。
「……でも彼女、確実に何かを隠していますね」
「無理をするとそれこそ国際問題だぞ」
すると和泉はなぜかじーっ、と聡介を見つめてきた。
「なんだ……?」
「無理をしないとなると、聡さんが彼女を説得するのが一番じゃないですか?」
「なんでそうなるんだ」
相手が女性だから、うさこが適役かと考えていたのだが。
「まぁ、なんていうか……僕もそうだけど、聡さんにじっと見つめられると、何もかも打ち明けなきゃ、という気分にさせられるんですよ」
などと、和泉は適当なことを言う。
自分はまだ隠していることがいろいろあるくせに。
とはいうものの、相手が相手だけに慎重をきさなければなるまい。
「そうだな、彼女には俺が話を聞こう」
「班長、被害者の足取りがつかめました」
そう言いながら戻って来たのは駿河と友永のコンビである。
「西島進一と別れた後はスナックに寄り、閉店ギリギリまで粘って、それから天満川沿いの大通りに出たようです。車が彼を拾って乗せたのを、目撃した人がいます」
「車のナンバーや車種は?」
「残念ながら、そこまでは……」
西島進一だろうか? だとしても、ルームシェアをしている仲なのだから、迎えに行くのは不自然ではない。
犯行か車の中で行われたのだとしたら、どんなに綺麗に洗っても、必ずルミノール反応が出るはずだ。
ただ……もう既に車を処分しているとしたら、探すのは至難の業になる。
そう考えて聡介は首を横に振った。
この際、泣き言はなしだ。
「……遺体が発見されたのは宮島だな? 仮に車の中、本土で殺害したとして、どうやって運んだんだろう? フェリーの乗船記録はすべて調べたはずだな……」
「もしかして筏とか?」
「彰彦、お前は黙っていろ」
しかし……西島義雄は代議士になる前、不動産関係の仕事で大きな成功を収めているから、金銭的な余裕ならかなりあるはずだ。その息子なら船の一隻ぐらいは持っているかもしれない。
「よし、手分けして付近の船舶の持ち主と使用記録を調べてくれ。ただし、あくまで非公式の捜査だということを忘れるなよ?」
それから聡介は和泉に声をかけた。
「お前は俺と一緒に来い。ああ、それと……」
ニコニコ嬉しそうな顔で近付いてくる息子に、念の為に釘をさしておく。
「言っておくが、捜査に私情は挟むな。いいな?」




