無茶ぶりだけはやめていただきたい
「……ってね、班長が……めちゃくちゃカッコ良かったの……」
結衣はうっとりした気分で、必死に作業している郁美に話しかけた。
「はいはい、そうですか」
友人はややイライラした様子でキーボードを叩いている。
「あんたの上司のおかげで、うちは仕事が増えたわよ。うちの班長、高岡警部と仲良しだしね。喜んで休日出勤引き受けて……」
郁美は乱暴にお菓子の袋を破り、大きな口を開けて次々と放り込む。
そんな姿、好きな男には絶対見せない方がいい……。
「あら、和泉さんとのことお膳立てしてくれるって、感謝してたくせに」
少し休憩して来いと言われて、のんびりしている結衣は、横から手を伸ばして少しお菓子をつまんだ。
「あれから全然、なんのお声もかからないわよ!」
郁美はまるでそれが結衣のせいであるかのように、怒り心頭と言う顔で叫んだ。
「仕方ないじゃない、忙しいんだから……」
今からでも刑事課に異動願い出せば? なんて、言えないけど。
郁美はしばらくパソコンの画面を見つめていたが、ふと言った。
「それにしても、気になるのよね。被害者の頬の傷」
結衣も画面を覗きこんだ。
「ナックルってわかる?」
「ああ、確か鉄だか鋼だかの金属でできた、あれでしょ? 指にはめて殴ると、ものすごく痛い……」
「痛いなんてもんじゃないわよ、凶器よ」
想像はつく。
「もしかして、被害者はそんな怖いもので殴られたの?」
「ううん、なんていうか……もう少し規模の小さいやつ。指輪かな、と思うのよ。それもちょっと特徴のある彫り模様のある」
「指輪? じゃあ、実行犯は女……?」
すると郁美は鼻で笑った。
「短絡的ねぇ。既婚者なら男性だってするじゃない」
確かに、日下部は左手に指輪をしている。
「でも左手で殴ったとしたら、こっちに傷はできないのよね……」と、郁美は結衣の頬を殴るフリをする。
「じゃあ、右手に指輪をしてた、男か女かわからない……ってこと? 何それ」
該当者をしらみつぶしに探し出せ、と某警視庁捜査一課長のようなムチャぶりをうちの上司はしないだろうが……。
「知らないわよ。推理するのはあんた達の仕事」
あっという間にお菓子を食べつくして、郁美は缶入りのコーヒーを飲む。
それから彼女は冗談めかして言った。
「……西島進一ってほら、代議士の孫でしょ? ここだけの話、実は裏で暴力団関係者とのつながりがあったりして……誰かに頼んでやらせたとか。そいつが右手に指輪をはめてて……」
「おもしろい推理だね」
「でしょ~?」
振り返るとなぜか和泉がいた。
郁美は瞬間的に凍りつく。
「じゃあ動機は何?」
「そ、そ、それはその……!!」
確かに結衣もそれが気になっていた。
「そこですよ、動機……」
被害者にたかられていたからといって、殺すほど憎むだろうか? それこそ祖父に言ってなんとかしてもらえばいい。
もっと他に何かあるはずだ。
結衣は頭の中で人間関係を整理した。
「あ、もしかして!!」
結衣は思わず大きな声を出してしまった。
「確か、金髪碧眼の美女が元フィアンセで、西島進一と被害者の間に三角関係があったとか?!」
被害者の遺体を確認に来たのは西島進一の他に、名前は忘れたが同国人の女性だったと覚えている。
「いいね、うさこちゃん。その調子」
和泉はにっこり笑って頭を撫でてくれる。
「ガイシャの携帯、発着信履歴はこれ?」
それから彼は、机の上に置かれた資料を持って部屋を出ていく。
「……ちょっと郁美、なんで私のこと睨むの?」
きーっ!!
いや別に私、和泉さんにあんなことしてもらっても嬉しくも何とも……。




