親が親なら子も子
どうにかして和泉が静香を被害者の入院している部屋に連行すると、父はともかく、なぜか駿河までが一緒にいた。
「高岡さん!! なんとかしてよ! この人、頭がおかしくなっちゃったの……」
聡介の姿を見るなり、彼女はそう叫んだ。
駿河は顔こそ無表情だが、驚き、どこか引いている様子がうかがえた。
被害者であるビアンカは目を丸くしている。
「ほら、彼女に謝れ」
「嫌よ!! 私は何も悪いことなんかしてないわ!!」
和泉はもはや、呆れて物が言えなかった。
何も悪いことをしていない?
本気でそう思っているのなら、もはや病気としか……。
「……本当にそう思っているの?」
そう低い声で訊ねたのは、被害者であるビアンカだ。
「え……?」
かなりの迫力があった。これにはさすがの静香も気圧されたようだ。
「だったら、あなたも私と同じ怪我をしてみたらいいわ。それが嫌なら、親を呼んできなさい!! どういう教育をしたら、こんな人間が育つのか……見せてもらいたいものだわ!!」
すると。
静香は鞄から携帯電話を取り出して、どこかへかけ始めた。
「あ……ママ? そう……今から、病院来れる? うん……」
彼女が未だに自分の母親のことを『ママ』と呼ぶのは知っていたが……。
かつて義理の母と呼んでいた女性は和泉にとって、実に苦手なタイプである。真正のお嬢様育ちであり、娘とクローンなのではないかと思われるほどだ。
外出する時は常に和服。娘に何かあれば、大切な用事だって後回し。
今日も今日とて、質屋に持って行ったらいくらぐらいになるだろうと思われる高価そうな着物をまとって、険しい表情で病院にやってきた。
彼女の自宅は病院からそれほど離れていないので、それほど待たされることはなかった。
かつての義母は病室に入るなり、娘を腕に抱き寄せる。
「……何なの?」
それはこっちが訊きたい。
「しぃちゃんが急用だっていうから、何かと思って来てみれば……あなたなの? 和泉さん」
彼女はいつだって和泉のことをそう呼んだ。彰彦さん、とは呼ばない。
「お久しぶりね。お元気そうで何よりだわ」
そして彼女の視界に、和泉以外の人物は入っていないようだった。
聡介にも、駿河に対しても挨拶の一言ない。
ママ、と静香は母親に耳打ちする。
「……お話はこの子から、全部聞いています」
かつての和泉にとって義母だった女性は、傲然と胸を張り、自分が一番偉いのだと主張したいかのように話し出す。
「和泉さん、全部あなたのせいじゃないの?!」
いきなり訳のわからない非難を浴びせられ、和泉は困惑した。
「だいたいね、あなたがこの子にどれだけ我慢をさせてきたのか、わかっているの?! その上、他に女の人がいたなんて、何て言う裏切り行為かしら!! あなたなんて人間じゃないわ!!」
ああそうだよ。
人外に娘を嫁がせたのは、どこのどいつだ?
娘があなたのことをとても気に入っているから、どうかよろしくって言ったのは、あんたのその口だろうが。
「だから言ったのよ、いくら警察官だからって、身元が確かかどうかなんてわからないって!! どうせあなたは昇進が目当てだったんでしょう? うちの人が県警本部長だったから……」
それからはまさしく、機関銃のように彼女はまくしたてた。
どこからそのエネルギーが沸き出てくるのか、いっそ教えてもらいたいぐらいだ。
言いたかったことを全て吐き出したのか、彼女がやっと一息を入れた時だ。
パン!! と、乾いた音が病室に響く。
いつの間にか立ち上がっていたビアンカが、どうやら静香の横面を叩いていたようだった。
全員が驚いて声を失う。




