広島市内はわりと、広い公園が多いような気がする。
会いたいから、出て来てくれないだろうか?
待ち合わせ場所は……。
和泉が待ち合わせに指定したのは、県警本部ビルと安芸総合病院のすぐ傍にある広い公園である。公園の一番端にあるベンチに腰を下ろし、和泉は静香を待っていた。
近隣に住む人達が行き交っているのをぼんやり眺めながら。
犬を散歩させている人、ジョギングをしている人、ただひたすらぼんやりとベンチに座っている人、様々いる。
昔からそうだったが、待ち合わせをすると彼女は必ず遅れてきた。
時間にルーズというよりも、自分の為に男がどれだけ待ってくれるかを試しているかのようだった。
待つとも、もちろん。
目的を達成するためならいくらでも。
伊達に長年刑事をやっていない。
容疑者があらわれるのを待って、電信柱の影に隠れて何時間も……なんて、ごく普通のことだ。
やがて、約束の時間を優に30分以上遅れてから、およそ市民の憩いの場にそぐわない、ブランド物で全身を固めた静香がやってきた。
「嬉しい、彰彦さんから連絡してくれるなんて……!」
脳天気な女だ。
「ねぇ、でもどうしてこんなところで待ち合わせなの?」
「他の人に見られたくないからだよ」
君といるところをね。
「え、どうして?」
「それよりも、行こうか」
和泉は本通り商店街方面に身体を向けた。
「どこへ行くの?」
彼女はきっと、どこか買い物か食事にでも連れて行ってもらえるのかと考えているに違いない。
「まずは、お菓子屋さんかな」
公園から少し歩いたところに市の中心部を走る大通りがあり、通りの向こうに渡ればデパートや商店街が並ぶ繁華街である。
「お菓子屋さん? 嬉しい! 私、今日はケーキが食べたい気分だったの」
そう、と答えて和泉は歩き出す。
お菓子と言っても見舞いの品だ。もしも彼女が勘づいて逃げようとしたら、手錠をかけてでも病院に連れて行く。和泉はそう考えていた。
別にこの女に前科がつこうがつくまいが、そんなことはどうでもいい。
だが人として、この女が怪我をさせた相手に謝罪させるべきなのは確かだ。
被害者は気の強そうな女性だった。それも欧米人。
もし彼女が外国で高い地位にいる人間の身内だったりすれば、たとえ静香が県警本部長の娘だろうと、国際問題に発展しかねない。
そうなったらなったで、少し面白いかな……なんて和泉は考えた。
「ねぇ、腕組んでもいい?」
こちらが返事をする前に、静香はいきなり和泉の腕に抱きついてきた。
気分はすっかり新婚時代に戻っているらしい。
あの頃だって和泉は、本当はいつだって冷めた気持ちでいたのだけれど。一応表向きにはニコニコ笑っておいた。
「……やっぱり、先に花屋さんにしよう」
通り過ぎたところに花屋があったはずだ。
和泉が突然踵を返すと、静香が小さな悲鳴を上げて身体の向きを変える。
「やだ、靴……」
靴が脱げたらしい。腕が解放された。
目だけで様子を追うと、彼女は靴を履き直してから、慌てて和泉の後を追う。
「もう、待ってよ!!」
腕に爪を立てられた。
長くて固い爪は、服の上からでも刺さるとなかなか痛い。
思わず振り払いそうになるのを我慢して和泉は再び歩き出す。
それから、花屋に到着する。
「わぁ、素敵!」
静香は花の好きな女だ。
彼女の機嫌を取るには切り花の一本でも持って行けばそれでいい。
彼女の誕生日に年齢分のバラを花束にして送ったら、しばらくはいたくご機嫌であった。
和泉は店員に見舞い用に適当な物を、と頼んだ。




