2人の関係性
聡介はビアンカの病室へ向かう。
従順な部下は何の疑問も口にせず、黙ってついてくる。
「ねぇ、やっぱりダメなの?」
「ダメですよ。せめて傷が塞がるまでは」
ビアンカとおそらく看護師だろう。女性二人の遣り取りが聞こえてくる。
美咲はいないのだろうか?
こんにちは、と中へ一歩足を踏み入れる。和泉はまだだった。
「あら、高岡さん!」ビアンカは嬉しそうに顔を輝かせた。「と……あら、葵?! 葵じゃないの!」
「知り合いか?」
聡介が驚いて振り向くと、ええ、と駿河は短く答えた。
「あなたまで来てくれるとは思わなかったわ。でも、ありがとう」
聡介は見舞いの菓子を差し出した。ビアンカは起き上がって、ベッドから降りようとした。
「何をしてるんですか?」
「だって、お茶を出さないと」
「いいから、大人しくしていてください」
聡介はつい、娘にするように彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
碧い瞳が大きく見開かれる。
彼女は白い頬を赤く染めて、大人しくベッドに戻った。
「ところで、和泉は来ましたか?」
「和泉さん? いいえ」
それからもう一人、気になる人物の姿も見えない。
「美咲さんは……?」
「さっき連絡があって、今日は来られないって言っていました。ご主人の具合が悪いそうです」
そういえば昨日、そんな場面を見たことを思い出す。
「……そんな目をしないでよ、葵」
ビアンカの言葉に驚いたのは聡介もだが、駿河も顔にこそ出ていないが、少なからず動揺しているように見える。
「病人を放って出かけられるような人じゃないでしょ? 彼女は」
「班長。いったい……何があったんですか?」
駿河は戸惑っている。
「申し訳ありませんが、彼にも詳しい事情を話してやってもらえませんか?」
ビアンカはどうして? などと訊ねなかった。
そうして彼女が駿河に対して昨日あったことを説明しているのを聞きながら、頭の良い女性だな、と聡介は思った。
感情論を挿し挟むことなく、明快かつ論理的に事実だけを述べる。
話を聞いた駿河は顔にこそ出さなかったものの、かなり驚いている様子だった。
「そんなことが……」
「ビアンカさん、差し支えなければ教えていただけますか。美咲さんとはどういうお知り合いなのですか?」
聡介が訊ねると、
「親友よ」と、簡潔な答えが返ってきた。
そして、
「でも、一番知りたいのは……和泉さんと美咲の関係性ね?」
悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、ビアンカは2人の刑事を交互に見つめる。
「美咲は和泉さんのことを全然、恋愛感情では見ていないわね。昨日、二人が一緒にいるところを見たけど……和泉さんも同じ。何て言うのかしら、妹とか娘とか……そういう感じ」
聡介は思わず駿河の顔を見た。
この手のことに関しては女性の『眼』と『勘』は間違いない。
おそらく彼女の言うことは真実だろう。
「本当だろうかって? 信じたくなければ別にいいわよ、私が観察したところによるとだから」
ビアンカはぷい、と横を向く。
すると、駿河が応えて言った。
「和泉さんはしかし、前にはっきりと美咲のことを『好きだ』と……」
何?!
聡介は心臓が飛び跳ねるのを感じた。
しかし、あの息子のことだ。何か他意があってそう言ったに違いない。
するとビアンカは笑って、
「それはそうでしょうね。私だって葵のこと好きよ?」
思わず聡介もドキっとしてしまった。が、彼女が言うのは『人として好き』の意味だとすぐにピンときた。
「そういう……妹や娘のために、必死になって動く男はいるんだろうか?」
駿河の問いかけに、何を言ってるのよ、とビアンカは目を丸くした。
「当たり前じゃない。娘を愛するお父さん、妹を可愛いって思うお兄さん、お姉さんのことを大切に思う弟達はみんな、彼女のためなら自分を犠牲にしてでも必死になるものよ?」
確かにそうだ。
自分だって娘のためなら必死になる。
彼女のおかげで、胸のつかえがスッキリした。
駿河はどうだろうか。
「ねぇ、それよりこのお菓子、一緒に食べましょうよ。入院生活って退屈で……」




