少しばかり上から目線
捜査本部が解散し、通り魔による犯行などと一番あり得ない線で追いかけるなんて。
昨日、和泉は体調不良と言う名目で、少し仕事をした後すぐに自宅に帰った。
そして今朝。ちょうど目が覚めた時に電話が鳴って、聡介から、今日は廿日市南署の捜査本部ではなく、直接県警本部に出勤しろと言われた。
そこで通常通り、というかいつもよりややゆっくり県警本部に出勤した和泉はどこか冷めた目で全員の表情を見守っていた。
一晩寝たら少し気持ちが落ち着いた。
このままでいい、などとは和泉自身も思ってはいない。だが。
正直なところ、今は他にも片付けてしまわなければならない問題がいろいろとあった。
昨日はつい、いろいろあって気を取り乱してしまったが……別れた元妻のことは今のうちに決着をつけてしまわなければならない。
本音を言えば二度と、静香とは関わり合いになりたくない。
まして、こんな気分の時に。
それにしたって。あの事件がよりによって通り魔による犯行だと? どこの総務部のアホがそんなシナリオをでっち上げたのだ。
ふと、思い出したことがあった。
聡介の妻が重大事件を起こしたあの時もそうだった。
県警はとにかく事を荒立てたくなくて、事実を一部伝えたのみで、ほとんどの部分をマスコミからシャットアウトしてしまった。
よく、どこからも漏れなかったものだと感心するぐらいだ。
もっとも和泉の知る限り、この県警内では不祥事が絶えなかった。
歴代の幹部たちは妙な方向で『学習』してしまったのかもしれない。
臭いものにもっとも効果的に蓋をする方法を。
そうして連鎖的に、また別れた妻のことを思い出してしまう。
彼女もまた県警本部長の娘だった。
空気が読めず、ワガママで、世界は自分を中心に回っていると本気で考えている。どんな時でも他人が自分の思い通りに動くのが当たり前。
身を飾ることだけは熱心で、クレジットカードは打ち手の小槌だと考えていた。
専業主婦である女性に求めて当然であろう、家事は何一つまともにできない。というよりも、そんなことは家政婦がして当然だという認識。
普通のサラリーマン家庭で主婦がいるのに、家政婦を雇うなどあり得ないという、社会通念は通用しない。
静香はまともに家事をしない女性だった。
食事の支度はすべてスーパーかデパートの地下で買ってきた物、掃除は清掃業者に丸投げ。洗濯物はすべてクリーニング。当然、家計は圧迫される。
一度だけ、和泉は本気で怒ったことがある。
そういうことはやめてくれ。君は働いていないんだから、いくらでも家事をする時間があるだろう?
すると彼女は言った。
だって私、お稽古事で忙しいんだもの。いいじゃない、レッスン料は実家が出してくれているんだから。あなたに迷惑はかけていないでしょ?
それにね、ほら見て。今日は月に2回のエステと、ネイルサロンの日だったの。綺麗でしょ?
私、あなたの妻でいるに相応しい女であり続けたいから、努力を惜しまないのよ……。
惜しまないのは金と時間だろう。
それでも和泉が大きなことを言えないでいたのは、二人で住んでいたマンションは静香の名義で、彼女の両親がほとんどの頭金を用意してくれたからだ。
その上、当時は和泉の実母が体調を崩しており、医療費その他、かかる費用の負担を向こうが援助してくれたのもある。
それに、警察官にとって一番大切な昇進試験。
普通に働いていればだいたい巡査部長までは昇進できる。だが、その上を目指すとなるとそう簡単ではない。
筆記試験に加えて面接試験。この面接試験においての試験官の心証が合否を大きく左右する。
当時、静香の父親は現役の県警本部長だった。
本部長の娘婿だという事実はおそらく相当な効果を発揮しただろう。
警部補まで昇進できた頃に、とうとう母が亡くなった。
こうして肉親をすべて失った和泉は、機会を見つけて妻と別れようと考えていた。
彼女にとって結婚生活とはつまり、おままごとの延長線上だったのだろう。
そして和泉にとっては、露悪的な言い方をすれば金と権力の為だった。
どうでもいいが、静香と結婚すると伝えた時の聡介の表情は今でも忘れられない。
本気か?
本当にそれでいいのか?
和泉に迷いはなかった。
その時点では。




