これもまた、よくあるパターン
郁美は長い髪を指でもてあそびながら、なぜか天井を見上げる。
「だから、上からの圧力よ。ありえないでっち上げの捜査方針を打ち立てて、あとは所轄の担当者が継続捜査って形で、一旦解散」
「そんなの、納得できないわ!」
結衣は叫んだが、郁美は冷たい白けた様子で答える。
「あんたが納得しようがするまいが、上のオジさん達にはそんなこと、関係ないわよ」
「うちの班長だって、絶対に……」
その時だ。
急に会議室がざわめき始めたかと思うと、それまで雑談していたり、だらけた格好で椅子に座っていた刑事たちがシャキッといずまいを正した。
あの友永でさえ曲がっていたネクタイを結び直し、だらしなく座っていた姿勢を直す。
どうしたのかしら?
すると、会議室の入り口がザワザワし始めた。
全員、起立! 敬礼!!
恐らくほとんどの刑事が、警察学校を出て以来であろう、真っ直ぐに背筋を伸ばして立ち上がり、敬礼をする。
結衣もつられて言われた通りにしたが、見事なまでに全員バラバラだ。
紺色の制服に身を包んだ、大柄な男性が、部下を二人従えて会議室に入ってくる。世が世なら、殿様のおな~り、といったところか。どこかで見た顔だ。
廿日市南署長の言葉に、はっと思い出す。
「これはこれは谷原本部長、わざわざこんなところにまで……」
今の県警本部長だ。確か谷原警視正。
結衣は本物(?)を初めて見た。
署長は米つきバッタのようにぺこぺことしきりに頭を下げ、揉み手をしている。わかりやすい中間管理職タイプだ。
本部長はぐるり、と会議室全体を見回すと、立ったまま口を開いた。
「廿日市南署刑事課、および捜査1課諸君。日々の激務、まことにご苦労である」
それからしばらくは、学生時代に聞かされたあの、校長先生による無駄な長い話に似た、下手な演説が続いた。
そして。
「今回のドイツ人男性殺害事件に関してだが」
やっと本題か。
「犯行は通り魔による、衝動殺人として、少数精鋭にて捜査を継続することとする」
なぬ?
「よって捜査本部は解散。当案件については、廿日市南署刑事課佐藤巡査部長、影山巡査長の2名にて継続捜査とする。その他捜査員は通常業務に戻るように!」
以上だ、と締め括り『殿様』は会議室を出て行く。
言葉を失ったのは結衣だけではなかった。
近くを見回すと、仲間達も一斉に驚きを隠しきれない顔をしている。
しばらくして班長が、廿日市南署長へ詰め寄っていくのが見えた。
「署長、それはどういうことですか?!」
「どうもこうも……今朝になって、本部長がそういう判断を下されたんだからね……我々としては納得するしかないだろう」
「何か、圧力がかかったんですか?」
署長は目を逸らし、推して知るべしだよ、と投げやりに答えた。
このままだと架空の通り魔がでっち上げられて、真相は闇に葬られることになるだろう。上は、冤罪を生むよりは迷宮入りを選んだか。
だが。現時点ではどうしようもない。
どれぐらいの時間、ぼんやりしていただろうか。
「……俺達も帰るぞ」
班長の力ない声が聞こえる。
全員、黙ってそれに従う。誰も何も言わない。
まるで通夜のような空気が漂う中、市内中心部にある県警本部に刑事達は戻った。
当然ながら、1課の刑事部屋には微妙な空気が漂っている。
誰も彼もが言いたいことがあるのに、言えないでいる。
「お前達、いいから溜まっている書類を片付けろ。いいな?」
「……はい」
今のところは誰も、それしか言えなかった。




