表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/243

身体は大人、心は子供!!

「……やっぱり、私のことを疑うの?」

 碧い目が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「え? な、なぜです……?」

「なんとなく、そんなふうに感じたから」

 聡介は思わずドギマギしてしまい、彼女から目を逸らした。


 だが、少しして思い直し、真っ直ぐに彼女の目を見つめ返した。

「我々は関係するすべての人間を疑います。それが仕事だからです。どうか、お気を悪くなさらないでください。でも……」

「でも?」

「直感ですが、俺はあなたを疑ったりしません」


 何を言ってるんだ? 俺は!!

 口にしてから聡介は、思わず口を手で抑えた。


 彼女の言動が娘を思わせるからか? 

 いやいや、捜査に私情は禁物だ。


「と、と、とにかくですね! あなたをそんな目に遭わせた相手には、必ず謝罪に来るよう手配します!!」

 ビアンカは少しの間ポカン、としていたが、

「……無駄だと思うわ。彼女、きっと警察の偉い人の娘なんでしょう?」

 溜め息交じりにそう言った。


「だって事情を聞きにきた刑事達は、私だけが一方的に悪くて、向こうが被害者。頭からそう決めつけて、私にうん、と言わせたかったんだもの。そういうの、やっぱり現実にもあるのね。小説やドラマの中だけの話だと思っていたわ」

 そうだろう。

 相手が悪かったとしか言えない。だが。


「……私はそういう小説を読んだことはありませんが、ラストはどうなるのですか?」

 聡介が訊ねると、彼女は微笑んで、

「ちゃんと刑事達が証拠を見つけるの。だから、ハッピーエンド」

 ハッピーエンドという言い方が相応しいかどうか微妙だな、と聡介は思った。


「現実は小説より奇なり、と言いますが……必ず、正義を施行させます」

「どうやって?」

「美咲さんからも詳しいことは聞いています。私は、彼女が嘘をつくような人間ではないことを知っています。そしてまた、あなたに怪我をさせた女性の人となりも。必ず、謝罪に伺うようにします。たとえ誰であろうと、人に怪我をさせて黙っているような真似は許されません」

「……無理しなくていいのよ」

 聡介は首を横に振る。

「信じる者だけに奇跡は訪れるのですよ。必ず、奇跡を起こしてみせます」


※※※※※※※※※※※※


 ビアンカが入院している安芸総合病院は、県警本部と大通りを挟んだすぐ向かいにある。

 聡介は病室を後にし、刑事部屋に戻った。


 和泉の姿が見えない。

 どこにいるのだろう?


 部屋中を探して、見つけることができた。

 彼は誰もいない刑事部屋の隅にいた。


 応接用の簡易ソファの上で、小さな子供がするように、膝を抱え込んで丸まっている。


「おい、廿日市南署に……捜査本部に戻るぞ」

 聡介は声をかけ、踵を返しかけたが、ふと足を止める。


 返事がない。


「俺が運転するから、鍵を貸せ」

 振り返って、和泉の上着のポケットに手を突っ込もうと手を伸ばした。

 すると。手首を強い力で掴まれ、引っ張られる。


 バランスを崩して、聡介もソファに腰かける形になる。

「彰彦……?」

「……あの人、いつもああなんですか?」

 和泉の声にはまったく張りがなく、泣き疲れた幼い子供のように、掠れた暗い声をしている。

「課長か? ああ、大石課長に限らず、上の人間はだいたいみんなそうだ。俺も若い頃はいちいち腹を立てたり、落胆したりしたもんだが、今はもう慣れた」

 少し早まったか、と聡介は自分の判断を後悔した。

 

 和泉は黙っている。

「お前も慣れろとは言わないが、あまり深く考えるな。頭を切り替えろ。お前が今、考えるべきなのは、誰がなぜ、あのドイツ人男性を殺したか。それだけだ」

 やはり返事はない。

「わかったら、捜査に戻るぞ」

 息子の肩にぽんと触れて、聡介は立ち上がる。


「……忘れたい過去をわざわざ思い出させて、人の神経を逆撫でするのが上司の仕事なんですか?」


 いったい何を言われたのだろう?

 課長から何かよほど、傷つくようなことを言われたに違いない。


 あの上司は実に、人を不愉快にさせるという点では優れた才能を発揮する。

 まして相手は、この県警の中で問題警官が集められたとされる、あの捜査1課高岡班の刑事だ。


 普段はあんな適当な人間だが、和泉には何か、心に大きな深い傷がある。

 それはたぶん、聡介が彼と出会う前の話だ。

 

 聡介は思う。和泉がああしてやや意味不明な、ふざけた言動をするのは、心の奥底を誰にも見せたくないからだ。

 

 ただ、と微かな疑問を覚える。


 自分が課長の部屋に入った時、和泉は何かひどく怒っていた。

 苛立ちが頂点に達した、要するに今時の言葉で言うところの『キレた』状態であった。


 何があったのか……。


 彰彦、と聡介は息子の名前を呼んだ。

「俺が今まで、一度だってお前にそんなことをしたことがあるか?」

 なんて言ってみたが、聡介には彼に思い出させる『忘れたい過去』の詳細をまったく知らない。

 

 和泉もそのことはわかっているのだろう。

 しばらくして、

「……ありません……」


「お前もいずれは誰かの【上司】になるだろう。その時は、あの課長を反面教師にすればいい。そうだろう?」

 ややあって、はい、と小さな声で返事がある。

 

 いい歳をして手のかかる子供だ、こいつは。

 

 しかしなんとなく、聡介は笑みが零れてくるのを抑えることができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ