警視庁捜査1課の有名な
ちょっと、位置関係がおかしいな……。
「廿日市南署の刑事達は、私達が共謀して相手に切りつけたんだろう、という言い方をしていました。とんでもないわ。今日、初めて会った名前も知らない人よ」
彼女は嘘を言ったりはしていないだろう。
聡介は近くにあった丸椅子を引き寄せて腰を下ろし、ビアンカの視線に合わせた。
「ところでビアンカさん、ご家族は?」
面会時間を過ぎていると言っても、家族は例外だ。
「……さぁ。連絡しましたけど、つながりませんでした。折返しの連絡もありませんし」
ビアンカはどこか嘲笑するような言い方をした。
「確か、お父様は日本に……?」
彼女の身元については既にある程度調べてある。父親と共に日本での永住権を手に入れており、その父親はとある有名な医療機器メーカーの幹部であることも。
娘は広島市内に住んでいるが、父親の現住所は関西……兵庫県神戸市であった。
連絡したのは午後の比較的早い時間だ。
神戸からなら、ドイツから来るほどの距離とは比較にならない。
緊急事態に無頓着なのか……まさか、娘の一大事に。
聡介の胸の内を読んだかのように、ビアンカが答える。
「父は今、関西にいます。でもたぶん、来ません」
「なぜです……?」
「娘のことより、仕事の方が大切なんです。彼は職人ですから」
彼女の言葉は聡介の胸に突き刺さった。
自分の娘達は二人とも口にこそしなかったが、おそらく彼女と同じように考えていたに違いない。
「いや、でもそんな訳……」
思わず聡介の口を突いて出たのは、そんな言葉だった。
無意識のうちに、会ったこともないドイツ人男性の肩を持つ羽目になっている。
ビアンカは首を横に振る。
「長く一緒に暮らしていればわかります。私も初めは父の世話を兼ねて、一緒に暮らしていましたが……あ、母とは別居状態です。母は自分の両親の世話の為にドイツへ帰りましたから」
泣きたくなってきた。
今の彼女を見ていると、幼い頃、いや、恐らくは嫁いでいくまでずっと、娘が見せた表情を思い出させた。
お父さん、私のことなら心配しないで。
大丈夫、お父さんはお仕事に専念してよ。
その言葉の裏にいつも、行かないで、傍にいて。そういう悲痛な叫びを隠してたのだと気付いたのは、おそらく妻がいなくなってからだ。
聡介が黙ってしまったのを見て、ビアンカは高岡さん? と声をかけてきた。
「あなたは……夕方、話を聞きに来た刑事達……ううん、アレックスのことで話を聞きにやってきたどの刑事とも違うみたいね」
そうだった。
今はそっちの事件も抱えているのだった。
「あの人達、まるで警察小説から抜け出してきたみたいだったわ」
金色の髪をかき上げながら、ビアンカはおかしそうに言う。
「……そういう本をよく、読まれるのですか?」
聡介が問うと、彼女は目を輝かせ、
「ええ、大好き! 日本のエンターテイメントは秀逸だわ。あなたは……例えるなら十津川警部かしらね」
さすがに、聡介もそれぐらいは知っている。
「それは光栄です」
頭の中に、テレビドラマで彼を演じた俳優たちの顔が浮かんで消えた。
「ところで……アレックスの事件は、あれからどうなったのですか?」
ビアンカは身体の向きを変え、真剣な表情でこちらを見る。
「……あなたが遺体発見現場に供えた花束は、どんなものでしたか?」
「赤いバラとピンク色のガーベラをメインに、あとはかすみ草と……」
「黄色いバラや、カーネーションではありませんね?」
誰がそれらを買ったのか、付近の花屋を調べればすぐにわかることだ。
が、聡介は念の為そう訊ねることにした。
はい、とビアンカは不思議そうに答える。
彼女は被害者と、破棄したとはいえ婚約していた仲だ。もしや、被害者の女癖の悪さに嫉妬し、軽蔑の意味を込めてあの花束を捧げたのだとしたら……?




