確かに余計なお世話
周は久しぶりに生で聴いた、素晴らしい音楽の余韻に浸っていた。
コンサートホールで聴くのとはまた違った良さがある。
既にステージは片付け作業に入っており、他の客達も全員、引き揚げた。
それでもなんとなく去りがたくて、かつ新里のおじさんと話したくて、周はロビーから離れられずにいた。
先日、結局肝心のことは聞けなかった。
両親のこと。
ただ、わかったのは母親が姉にそっくりらしいということ。
周君、と呼びかけられて周は顔をあげた。
「良かった、コンサートに来てもらえて」
目の前で新里が微笑んでいる。
「俺の方こそ、チケット取れなくて泣きそうだったけど……すごく良かったよ!! おじさん達の生演奏が聴けて良かった。それと、あの話は本当だったね」
「あの話?」
「三村さんだっけ? あの人のバイオリン、すごかった。今まで聴いたことないよ」
破顔一笑。
新里は嬉しそうに、パートナーである三村亜沙子を呼んだ。
「亜沙子、彼が褒めてくれたぞ。君のバイオリンが素晴らしいって」
すると彼女も嬉しそうに微笑み、
「ありがとうございます!」と頭を下げた。
バイオリンの音には奏者によって個性が出るという。周は三村亜沙子の奏でる音色がとても好きだと思った。
楽団のコンサートであれば、もしかしたら彼女の演奏をこんなに近くで、それも単独で聴けなかったかもしれない。
そこへ、周君! とバタバタ美咲が走ってきた。
「……姉さん?」
彼女はなぜかキョロキョロしながら、弟の全身をくまなく見回す。
「無事だった?」
「無事って……俺は別に、ずっとここに座ってたけど……」
「変な人に声かけられたりしなかった?」
なんのこっちゃ。
周が首を横に振ると、姉はほっと息をついた。
それから彼女は新里の姿に気付くと、軽く会釈した。
「すみません、途中で抜けてしまって。でも……とても素晴らしい演奏でした。私は音楽のことを何も知りませんが、とにかく感動しました」
新里はにこっと微笑む。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
それから姉と新里は世間話を始めた。
その様子を見守りながら、ちらりと周はバイオリニストである三村亜沙子の方を見た。
大事そうに楽器の手入れをしながら鼻歌など歌っている。しかし。
そんな彼女に近づく男がいた。
知らない顔だ。スーツにネクタイをしており、宿泊客とは思えない。
テレビで見る俳優かタレントのように、整った顔立ちではある。
男は静かに亜沙子と距離を詰め、それから彼女に何か囁く。
一瞬だけ、彼女の表情が強張ったことを周は見逃さなかった。
あいつ、文句言ってやる!!
この人にはちゃんと彼氏がいるんだぞ?!
思わず浴衣の袖をまくりかけたが、次の瞬間、驚くべき光景を目にして思い留まった。
亜沙子が自ら、男に寄り添うようにしてロビーを離れていく。
新里は気付いているだろうか?
周はちらりと反対側を見たが、彼は姉との話に夢中で、気付いていないようだ。
「おじさん、新里のおじさん!」
周は彼の袖を引っ張った。
「あれ……」
本当はいけないのだが、つい亜沙子と男の方を指さす。
新里はしばらく呆然とその様子を見ていたが、ややあって我に帰り、恋人の元に近づいて行く。
しかし。
幾らか会話を交わした後、亜沙子は結局、後からあらわれた男と一緒にどこかへ消えてしまい、新里は納得したのかどうかわからないが、何も言わずにこちらへ戻ってきた。
いいのか?! と、周は歯がゆい気分だったが、他人のことに口出しはできない。
新里は荷物を手に取ると、
「……それじゃあ周君、またね」
何も言えない周は、うん、とだけ答えた。
夕方のカメラ男といい、今の男といい、何か彼女の回りには不穏な空気が漂っている。
余計なお世話かもしれないが、新里も早くきっちり婚約してしまえばいいのだ。




