なんか、面倒くさいことが起きそう。
この頃、知らない番号から頻繁に電話がかかってくる。
聡介は基本的に登録していない番号には出ないようにしている。
しかしその番号は、朝から晩まで定期的に何度かかけてきている。
そのことと今朝、周から聞いた話がどうもひっかかっていた。
和泉を訪ねてくる女性に心当たりはない。
聡介は基本的に息子と否応なく毎日顔を合わせているし、行動も把握している。
理解しづらい言動が多いあの男も、意外に異性関係にはいたって真面目だ。
その気になれば女性の一人や二人、簡単に引っかけられるだろうに。
彼のファンを公言する婦警や事務員の女性達だって少なくはない。
もしかして、そう言う女性の内の一人だろうか。
何しろここは個人情報の集まった場所だ。同じ職場の警察官の自宅住所を突き止めるのは簡単だろう。
就業時間開始まではまだ少し時間がある。和泉はどこに寄り道をしているのか、先に出たはずなのにまだ姿を見せない。
お茶どうぞ、と結衣が湯呑みを目の前に置いてくれた。
「……なぁ、うさこ」
「はい?」
彼女は和泉と仲が良いのか悪いのか、いまいち把握しかねる。
「お前、彰彦をどう思う?」
「変な人です」即答。「ついでに言うと、腹黒くて基本うざったくて、気に入らない相手への攻撃がハンパなくて、それから……」
「わかった、もういい……」
結衣はしかし、まだ言い足りない様子だ。
「でも、和泉さんって外面だけは立派じゃないですか? だから、私の同期の女警でも狙ってる人多いんですよね……だから時々、合コンのセッティングしてくれとか頼まれたりするんです」
「お、いいなそれ! 俺達も参加するから企画してくれよ」と、友永が口を挟んだ。
「……俺達って、誰と誰ですか?」
「決まってんだろ。俺と日下部……」
「既婚者と子持ちは対象外ですよ、普通。だいたい友永さん、お父さんが若い女性と合コンしていたなんて、あの美少年の息子が知ったら嘆きますよ?」
友永は黙ってしまった。
「それで、その……具体的に何人ぐらいそういう女警がいるんだ?」
「私の把握している限り、交通課に一人と、生安課に二人、鑑識課にも一人います」
「その中に、身長160センチ前後でセミロングはいるか?」
結衣は不思議そうな顔をした。
「該当がありすぎて絞り込めません」
「そうか、すまない。忘れてくれ」
そこへ和泉がやってきた。
「おはようございます……」
何があったのかひどく不機嫌そうな顔をしている。
結衣がお茶を持って行くと、一気に飲み干してどん、と湯呑みを机に叩きつけた。
部下達の視線が一斉に聡介に集まる。
なんか、面倒なことが起きそうな予感がする。
「これから会議だから、後は頼む」
これは嘘ではない。毎週火曜日の朝は定例会議がある。
こう言う時は放っておけばいいのだ。
誰かが何らかの被害に遭うかもしれないが、そこは後でフォローしておくことにしよう。
※※※※※※※※※※※※※※※※
朝早くに和泉は浅井梅子を訪ねた。年配者だから朝は早いだろう。
今日は手ぶらだが仕方ない。
ドアを控え目にノックして何度か声をかけたが、応答がない。
あまり時間もないので、留守なわけはないだろうと思ったが、出直すか……そう思った時。
「わしはつぶあんよりこしあんが好きじゃ。あと、チョコと抹茶な」
引き戸の向こうから声が聞こえた。
「あと、にひき堂よりはやみだ屋じゃ」
「……」
「何者か知らんが、もうちぃと準備してくることじゃ」
和泉は胸の内で毒づいた。
とてもではないが口にはできない、下品な罵りの単語で。
いっそ石を投げ込んでやろうかと、しゃがみ込んで大きめの石を拾う。
が、さすがにやめておいた。
仕方ないので職場に向かうことにする。
腹を立てながら和泉がフェリー乗り場に向かっていると、道の途中で昨日、奈々子と会った喫茶店にいた外国人と、日本人男性の二人が話しているのを見かけた。
二人とも外国語を話しているため、内容はわからないが、かなり雰囲気は険悪だった。
どちらかと言えば、日本人男性が外国人男性を問い詰めており、相手はそれをのらりくらりとかわしているようにも見えた。
仮にあれが傷害事件に発展するなり、殺人事件に発展したところで、所轄の廿日市南署が片付けるだろう。
和泉は見なかったことにして、フェリー乗り場へと急ぐ。
本土行きのフェリーが到着した。
まだ朝の早い時間、降りてくるのはほとんどが宮島で働く通勤客である。
その中に和泉は思いがけず、よく知った顔を見つけた。
「……美咲さん?」
「和泉さん……!」
「どうしたんです?」
美咲は困ったような顔をして、それから微笑んで見せた。
「たまには実家に帰って顔を見せないと」
それだけだろうか?
奈々子から聞いた話のこともあって、和泉は素直にそれを信じたりはできない。
「和泉さんこそ、どうしてこんなところに?」
「まぁ、僕もいろいろありまして」
互いに本当のことは言わないまま、それぞれ違う道を急いだ。
広島といえば『チチヤス』……!!




