そのスジの人
曲が終わると一斉に拍手が起きる。
宿泊客のほとんどが集まっているようで、ミニコンサートとはいえ、なかなかの盛況ぶりである。
うちの旅館でも、こういうのやればいいのに……。
女将は賛成してくれるかもしれないが、社長は無理だろう。あの人は芸術にまったく理解のない人だ。客室に飾る掛け軸でさえ、コストがかかると惜しむぐらいだから。
「良かったわね、周君」
うん、と目を真っ赤にした周が微笑む。
可愛い。
思わず手を伸ばして頭を撫でそうになったが、そんなことをしたら火がついたかのように怒るだろう。そう考えた美咲はかろうじて手を引っ込めた。
ふと、賢司のことを思い出した。
そろそろ部屋に戻ろう。あんな男でも、一応は家族だ。具合の悪そうな様子を見せられたら放ってはおけない。
アンコールの声がかかる。
美咲は周に、部屋に戻ると声をかけた。立ち上がって部屋に戻ろうと歩きだした時だ。
「失礼、もしや藤江賢司氏の奥様でいらっしゃいますか?」
背の高い男が行く手を阻んだ。
先ほど、新聞を読んでいた男だ。
近くで見ると明らかに「カタギ」ではない空気が発散されている。
美咲は思わず後ずさった。
オールバックに撫でつけた黒い髪。
フルオーダーであろう三揃えのスーツ。腕には高級時計。香水の匂いがややキツい。
銀縁眼鏡の奥では鋭い切れ長の目が、油断なくこちらを見つめている。
美咲はその眼に、どこか凶暴さを押し隠しているような妖しい光を見てとった。
「そうですが……」
「私は、こう言うものです」
男が内ポケットに手を入れた瞬間、まさか拳銃でも出てくるのではないだろうか? と一瞬だけヒヤリとした。が、幸いなことに出てきたのは名刺だった。
株式会社魚谷興業、代表取締役の肩書き。支倉潤、と書いてある。
「実は賢司氏とは、学生時代の同窓生でしてね。今度、この旅館でクラス会を開くので、下見と打ち合わせを兼ねて来ていたのですが……先ほど偶然、彼を見かけまして。一緒に歩いておられた貴女がもしや、奥様ではないかと」
柔らかく、滑らかな口調。
詐欺師にぴったりではないだろうか。美咲はつい、そんなことを考えた。
するとそこへ、
「潤さん?!」
と、金切り声を上げながら、斉木晃が近付いてきた。
一目見てピンと来た。
どうやら晃の今の『彼氏』はこの男性らしい。
昔からこの男はそうだった。自分が男色家であることを隠そうともせず、狭いこの島の中では知らない者がいないほどだ。
駿河がこの島の駐在所に勤務していた頃は、彼にしきりに言い寄っていたことを、今でも覚えている。
晃は『彼氏』にしきりに何か話しかけつつ、意図的に美咲から引き離そうとしている。
願ってもないことだ。
誰が暴力団関係者なんかと近付きになりたいだろうか。
美咲は足早にその場を離れた。
部屋に戻ると、賢司がベッドで横になっていた。部屋全体は和室なのに、ベッドがしつらえてある、少し変わった部屋だ。
「具合、どう……?」
返事はない。
そっと顔を覗きこんでみると、少し落ち着いたようだ。
美咲はほっと息をついて携帯電話をチェックした。




