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館内での写真撮影はご遠慮願います

 あのバイオリニストの声だ。


「亜沙子?!」

 新里は荷物を放り出し、声のした方へ走っていく。周も追随した。


「やめてくださいって、言ってるでしょう?!」

 こんな旅館の中でナンパか?!


 と、思ったがそうではなかったようだ。

 カメラを肩に担いだ若い男が、三村亜沙子に向かってしきりにシャッターを押している。


「何をやってるんだ!!」

 新里は彼女を庇うように前に出て、フレームを大きな手で覆う。

「あんたこそ、邪魔するな!! こっちは仕事なんだよ!!」

 亜沙子はさっと新里の後ろに隠れ、映らないよう必死で顔を手で隠す。


「何か一言、一言お願いします!!」

「嫌がってんだろ?! いい加減にしろよ、警察呼ぶぞ!!」

 そこへ旅館の従業員が慌てて走ってくる。


「お客様、いかがなさいましたか?」

「警察呼んでください、こいつ……!!」

 周はそう叫んだが、

「その必要はありませんよ」

 割って入った声にかき消されてしまう。


 その声の主はあの、歌舞伎役者の女形を崩したかのような、名前は知らない和服のオカマだ。

「どちらも当館のお客様です。お客様同士のトラブルに、警察の手を借りることはいたしません」

 着物のせいでわかりづらいが、絶対に内股で歩いているに違いない。

 周はオカマを睨んだ。


「あとは私が引き受けます。それと……賢司さんの付録のあなた」

 『付録』?

 それは俺のことか?!

 周は一気に血圧が上がるのを全身で感じた。


「それから……寒河江の娘。こんなところをウロウロして、何のつもりですか? 何かケチをつけるために動き回っているとしたら迷惑ですよ。本来なら、お前みたいな下品な女が、この館内に足を踏み入れることなど、あってはならな……」

 オカマは美咲に向かって言い放った。


 無意識の内に拳を振り上げていた周だが、新里に背後から抑えられていると気付き、少し冷静になれた。

「ああ、いやだいやだ。野蛮で知性の欠片もない……あなた、本当に藤江の家の子供ですか? 賢司さんもお嘆きでしょうね。こんな身内を抱えているなんて」


 気がつけばカメラ男もバイオリニストも、当事者同士が呆然として動きを止めていた。

「お客様、少しよろしいでしょうか?」

 和服のオカマはカメラ男の手を取り、どこかへ連れて行った。


 落ち着くまでにはもう少し時間が必要だ。


 周は意識的に深呼吸を繰り返し、それからちらりと美咲の表情を見た。

 三村亜沙子がこちらを見ていることに気付く。


「まったく、君は悠司に生き映しだな」

 新里が溜め息をつく。

「若い頃の悠司はとにかく血気盛んというか、すぐカッとなるタイプでね。その度に俺があいつを羽交い絞めにしたもんだよ。まぁ、あいつが怒るのは決まって、自分のためというよりは他人のためだったけど」

 血圧を下げるには充分過ぎるほどの効き目がある、父の親友の台詞。

 周はすっかり冷静になった自分に気付いた。


「ありがとう、周君」

 美咲が微笑みながら両手を握ってくる。

 別に、と周はそっぽを向いた。


「それより、何があったんですか?」

 周が亜沙子に向かって話しかけると、彼女は何か考え込んでいた様子だったが、

「あ、ありがとうございました」と直接的ではない返答がある。

「そろそろ音合わせやらリハーサルやら、準備をしないと」

 新里が言い、亜沙子も頷く。

 

 どうやらいろいろ深い事情がありそうだ。

 

 周は時計を見た。早く風呂に入らないと、夕食の時間まであまり余裕がない。


 そうして。大浴場の湯に浸かりながら、周はふと考えた。


 旅行会社が実施しているアンケートに書き込んでやろう。

 この旅館にはものすごく感じの悪いオカマがいるから、お勧めできない、と。



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