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【ハンサム】は既に昭和の単語らしい

 一方の新婦である静香の方は招待客も多く、その日の彼女はまさに有頂天だった。


 親戚はもちろん、学生時代からの友人、職場の同僚、果ては稽古事で同じクラスになった知り合いまで、とにかく可能な限りを集めてきたようだった。


 素敵な旦那様、を自慢したくて仕方なかったのだ。


 和泉は招待された女性達の笑顔の裏に『嫉妬』と『羨望』を垣間見た。


 素敵でしょう?

 背が高くてイケメンで、刑事なの。

 唯一の欠点はノンキャリアだってことかしら。でもきっとすぐに昇進して、いずれは幹部になるのよ。

 そうしていつか大勢の部下を従えて、記者会見に出るのよ……。


 記者会見を扱うのはそれなりの地位、階級の警官である。

 謝罪会見じゃなければいいけどね。


 まぁ、今回のことがこじれたらきっと『謝罪会見』が実現することだろう。

 マスコミはこぞって警察嫌いだ。県警が叩かれるに違いない。


「わかっているのかね?!」

 自分の思考にはまり込んでいた和泉は、課長の怒鳴り声で現実に引き戻された。

「……被害者が、ちゃんと本人が謝罪にくれば示談にしてくれると言っています」

 金髪碧眼だが、かなり流暢な日本語を話す白人女性のことを思い出す。

 どうやら彼女は美咲と親しいらしかった。


「被害者……誰のことを言ってるんだね?」

 課長の愚問に対し、和泉は嫌な予感を覚えた。

「課長……どのように話をお聞きになっているのですか?」

 大石課長はやや出っ張り気味の腹と、薄くなった頭髪を撫で回し、それからジロリと和泉を睨んできた。

「君が元本部長の娘さん……静香さんに復縁を迫って、最近、何かとつけ回していたそうじゃないか」

「……はい?」

 それは向こうの話だ。


 立っているのが辛くなってきたらしい上司は、革張りのソファに腰を下ろす。

「そうかと思えば、他にも女がいるそうじゃないか」

「ぼ……自分に、ですか?」

「まぁ、君ぐらいのハンサムなら女性が放っておかんだろうがね。ハーレムでも作っとるんじゃなかろうな?」

 課長は自分で言ったことがおかしかったようで、一瞬だけ目を細めた。が、すぐに真面目な顔に戻る。


 それで? と和泉は先を促す。

「名前は知らんが、その女というのが……君がお嬢さんに迫っている姿を見て、嫉妬した挙げ句に、刃物を振り回してきたそうじゃないか! 揉み合っている内に、誤って切りつけてしまったと……」

「課長は、誰からそんな話をお聞きになったのですか?」

「ご本人からだよ。わざわざここに寄ってくださって、事の次第を明かしてくださったということだ」

 呆れて物が言えなかった。

 愚かな女だと知ってはいたが、まさかここまでとは。

 

 和泉は課長の座っている場所の真横に立ち、そうして上司を見下ろしつつ言う。

「僕は彼女に復縁を迫ったこともなければ、特別親しくしている女性もいません。すべて本間静香が自分に都合よくでっち上げた、妄想です。ただの虚言です」

 課長はこちらを見ない。

 もしかしたら、どこかで和泉の言うことの方が真実かもしれない、と考えているのかもしれない。


「あんな女の話を信じないでください」

 すると大石課長はようやく顔を上げた。

「君ねぇ、仮にもかつての奥さんを『あんな女』呼ばわりはないんじゃないの?」


 和泉は胸の内で呟いた。

 彼女に対する呼称など、それでいい。


「実は無理をしてるんじゃないのかね? 男って言うのはほら、無駄にプライドが高いっていうか……やや意地になっているところもあるんじゃないのか。別れた奥さんに復縁の話を持ちかけるなんて、あまりカッコいい話じゃないけぇの」

 呆れて何も言えない。


 和泉が黙っていると、しびれを切らしたかのように課長が畳み掛ける。

「証拠はあるのかね?」

「証拠?」

「……君が、お嬢さんに少しも未練がないという証拠だよ」

 言うに事欠いてそこか。


 未練も何も、最初から愛情さえ欠片も持ち合わせていなかった。


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