花ことばの意味
「どうしたんですか?」
しかし賢司は黙ったまま、通り過ぎようとして再びよろめく。
聡介が思わず伸ばして支えた腕を、それでも彼は振りほどこうとした。
しかし、力が入らないらしい。
「彰彦、手伝え!!」
しかし息子よりも先に駆け寄ったのは、彼の妻の方だった。
「賢司さん?!」
「なんでもない……大丈夫だから……」
「だ、そうですよ。放っておいてあげた方が親切じゃないですか?」
少し離れた場所で腕を組んで立ち、和泉が言った。
「彼の……言う通りですよ」
聡介は初めて彼の笑った顔を見たような気がした。もっとも、普通の笑顔ではないけれど。
「どうかなさいましたか……? あっ!」
和服姿の若い男性が向こうからやってきた。
彼は急いで賢司の元に駆け寄ると、有無を言わさず自分の華奢な肩に捉まらせた。
賢司は和泉と同じぐらいの背丈があるから、そう軽くはないはずだ。それでも男性は共倒れになることなく中に戻って行く。
聡介は和泉の表情を見守った。
だが、そこから何らかの感情を読みとることはできなかった。
美咲達と別れた後、二人は和泉の別れた妻が事件を起こした現場へ向かった。
どういう訳か聡介にばかり近寄ってくる鹿をどうにか避けて、草木の生い茂る登山道を歩くこと約10分。
「ここか……」
アレックスの遺体が発見された場所から少し離れているのは、立入禁止のテープが張ってあるからだろう。
「あれですね、彼女達が供えた花は」
和泉は現場近くに備えられている花束を指差した。どちらも赤を基調にした、華やかな明るい彩である。
美咲が被害者と少しばかり接触があったことは、調べがついている。
律儀な彼女のことだ。たとえ迷惑をかけられたのだとしても、少しばかりの縁でも、誠実な弔いの気持ちをあらわしたのだろう。
「それを、後をつけていたあの女が……」
父がギョっとした顔でこちらを振り向く。
「彰彦! いくら別れた相手だからと言って、そういう言い方はするんじゃない」
しかし和泉は口を閉じただけで、すみませんも言わなければ、自己弁護もしなかった。
既に他人となった相手をどう呼ぼうがこちらの自由だ。
それから、和泉は供えられている花束を検分した。 花束は3種類ある。
どれも色とりどりで美しいが、一際目立つ物があった。
黄色いバラ、黄色いカーネーション、そして水仙。
バラと言えば真紅、もしくは白、ピンク色などが一般的だ。黄色いバラもあるのは知っていたが、あまり献花台では見たことがない。
「……黄色いバラ……」
思わず和泉は口にしていた。
「どうかしたか?」
和泉は黙ってスマートフォンを取りだし、調べてみた。
その結果、恐らく事件に関わりがあると思われる情報が出てきた。
それは花言葉である。
黄色いバラは嫉妬、黄色いカーネーションは軽蔑、水仙は自己愛……。




