ごめんで済んだら警察はいらない
「元、夫です……一応」
なんだかこちらが取調べを受けているかのようだ。
「いったい、どういう別れ方をしたのよ?! 彼女、美咲のことをあなたの新しい恋人だと勘違いして、おかげでこんなことになったんですからね?」
すみません、と和泉は口にしかけたが思い留まった。
なんで僕が謝らなければならないんだ?!
「ビアンカさん、どうか許してやってください」
聡介が言った。それも深く頭を下げて。
和泉は驚き、思わず父の身体を起こそうとしたが、ちらりと向けられた視線に動きを止められる。
「美咲さんにもご迷惑をおかけしました。二度とこのようなことがないよう、充分注意しますので。それに、もし刑事告訴をなさるのなら、間違いなくきちんと対応させていただくことをお約束します」
「……」
「……本人が謝罪に来たら、示談にしてもいいわ」
ビアンカは怪我をしていない方の腕をあげて、髪をかきあげた。
聡介が頭を上げる。
「ありがとうございます。必ず、本人をこちらへ伺わせます」
それからビアンカは美咲に言った。
「私ならもう、大丈夫よ。あなたは家族の元に帰ってあげて」
しかし美咲は躊躇している。
「心配しないで。私にだって、身寄りぐらいいるのよ。ねぇ、刑事さん。彼女を送ってあげてくださる?」
和泉は無言で頷いた。
いかに無神経で図太いこの男もさすがに少し堪えたようだ。
今日は家族で宮島の旅館に泊まっているという美咲を送っていく為、それから事件現場を確認する為、和泉に車を運転させたが、病室を出てからずっと無言だった。
宮島へ渡るフェリーに乗り、いい天気だったので聡介は甲板に出た。
たかが10分ほどの船旅だが、海風が気持ちいい……というか寒い。
中に戻るか。
聡介が踵を返すと、すぐそこに和泉が立っていた。
叱られた小さな子供のような表情をしている。
「……すみませんでした」と、和泉は不貞腐れたように言った。
「謝る相手は俺じゃないだろう」
本当に寒い。
聡介は和泉の脇をすり抜けるようにして、船室へ続く階段を降りる。
後ろから息子がついてくる足音を確認しながら、聡介は振り返った。
「これを機会にお前もそろそろ、今後のことを真面目に考えるんだな」
返事はない。
「まぁ、俺のところに居候したかったらそれもかまわんが。でも、いつまでもずっとという訳には……な。そうだ、うさこの同期で鑑識課の……彼女なんかどうだ」
うさこは和泉とは合わないんじゃないか、と言っていたが。
「また同じようなことが起きないように、お前がしっかり守って……彰彦?」
どうもちゃんと聞いている様子がない。
「……はい? 聡さん、何か言いました?」
和泉は耳に挿し込んでいたイヤホンを外した。
「え、ちょ、ちょっと待って!! 痛い、痛いですって!! 首はダメーっ!!」
宮島に到着した。すっかり日が暮れかかっている。
「どちらへお送りしますか、ご実家ですか?」
運転席に座った和泉が美咲に尋ねると、
「いえ、あの……白鴎館っていう別の旅館なんです」
え? 聡介は思わず後部座席を振り返った。
だからか、家族で旅館に泊まっていると答えたのは。
「当然、周君も一緒ですよね?!」
和泉が訊ねると、美咲ははい、と答える。
息子が何を言い出すのか不穏に思った聡介は、話を変えることにした。
「ビアンカさんとは、長い付き合いなんですか?」
「いいえ。つい先日、知り合ったばかりです。でも彼女、とても人懐っこくて笑顔が素敵で……すぐに打ち解けました」
「良い出会いがあって、良かったですね」
はい、と微笑んだ美咲の心からの笑顔は、初めて見るような気がした。
目指す旅館が見えた。
「あれ……?」不意に和泉が声を出した。
彼の視線の先を追うと、建物の影にうずくまっている男性がいた。
車を止めさせ、聡介は外に出た。
「大丈夫ですか?!」
「平気……です」
立てますか?と声をかけると、はい、と弱々しい返事がある。
男性は背中を向けたまま壁に手をつき、よろよろと立ち上がった。
振り返ったその男性の顔を確認した聡介は、驚いて一瞬声を失った。
藤江賢司だ。
血の気のない青い顔をし、額に汗をかいている。
相手もこちらと同様に驚いていた。




