ボケがツッコミたくなる瞬間
どこかで見かけたような気がする。
といっても、欧米人に日本人と韓国人の見分けがつかないと同じように、こちらも白人は全員アメリカ人かイギリス人だと考えてしまう。
相手も同じことを考えているのか、何か考えている様子で黙っている。
和泉の元妻であった本間静香に負傷させられた白人女性は安芸総合病院へ救急搬送された。既に手当ては終わり、彼女はベッドで横になっていた。
聡介の命令を受け、和泉は事情聴取のため病室にいた。
「それで、詳しい……」
「あなた、どこかで見た……」
二人同時に口を開いた。金髪碧眼女性の口から日本語が出てきたことに、和泉は少し驚いてしまった。
どうぞどうぞ、とお互いに某芸人のネタのような遣り取りをしてから、白人女性が口を閉じたので、刑事である自分が先に質問することにした。
まずは互いに名乗り合う。彼女の名前を和泉はどこかで聞いたような気がした。
「なぜ、あんな場所にいたのですか?」
事件があったのは詐欺師、アレックス・ディックハウトの遺体発見現場のほど近くである。
「あなた、私を疑っているのね?」
驚いた。確かに、なぜそんな場所にいたのかと疑問は感じていた。
真犯人は必ず現場に戻ってくるという。
だけどなぜ見抜かれたのだろう?
黙っていたのを肯定と捕えたのだろう。ビアンカは和泉を睨んだ。
「じゃあ、美咲のことも疑うの?」
「美咲とは、藤江美咲さんのことですね? どういうご関係なのですか?」
「友人よ。確かに、犯人は現場に戻るって話を聞いたことはあるけど、私も美咲も花を供えに行っただけよ」
「そうですか……」
ビアンカは不思議そうな顔で和泉を見つめ、何か言いかけたが、やめたようだ。
それから彼女はキョロキョロとまわりを見回す。
「あのヴィトンな彼女はどうなったの?」
「……加害者のことですか?」
そう、とビアンカは腕を組んで頬を膨らませた。
「すごいわよね、全身ブランド物で固めるなんて。日本人ってほんと……ああ、そんなことはどうでもいいわ。それよりも……」
ドアをノックする音。
「ビアンカ!」
美咲と、聡介が一緒に病室へ入って来た。
「心配しないで、たいしたことないわ」と、ビアンカは言った。
「二針も縫うような怪我を、たいしたことないなんて言わないわよ」
美咲は彼女の白い手を握って涙ぐんだ。
ビアンカはごめんね、と苦笑いを見せた。
「事情聴取は済んだのか?」
「まだ途中です……」
「傷は痛みますか?」
聡介は身をかがめて視線を低くし、訊ねる。
先ほどまで怒っていた表情のビアンカは、驚き、それから表情を柔らかくした。
「今は麻酔が効いていますから、大丈夫です」
大変な目に遭いましたね、と父は優しい口調で話しかける。
自分にはできない芸当だと和泉はいつも感心してしまう。
「同じことを繰り返し訊くようで申し訳ありませんが、事件があった時の詳しいことをお話していただけますか?」
ビアンカは頷いて語り出す。
質問は父にバトンタッチし、和泉はメモを取ることに専念することにした。
アレックスの遺体発見現場に花を供え、偶然美咲とばったり出会った。
少しの会話のあと、一緒にお茶でも飲んで行きましょう、と言いかけた時だ。いきなり目の前に本間静香があらわれた。
「あなたが美咲さん? と、きかれて……なんだか不穏な空気を感じたので、私はとっさに彼女の前に出ました。相手が刃物を持っていることにはすぐ気付きました。それから……彼女が走ってきて、気が付いたらこの通りです」
「向こうが言ったのは、それだけでしたか?」
ビアンカは少し思案してから、
「いえ。そうだわ、あなたが和泉の新しい恋人? とか、返して、とか」
聡介と視線を合わせないよう、和泉は天井を見つめた。
「美咲さんは何と答えましたか?」
「……違います、と答えました」
「ところで……その『和泉』さんって、あなたのこと?」と、ビアンカ。
急に矛先が自分に向けられて、和泉は内心かなり焦った。しかし、
「さぁ? それほどめずらしい名字という訳では……」
言っている傍から美咲がそうよ、と答えた。
おい!!
ふーん、と碧い瞳に微かな敵意のようなものが感じられた。
「あなた、彼女の恋人だったんでしょう?」
「……さんたくろーす……?」意味不明なことを言って誤魔化そうとしたが、
「別れた旦那様なの」
その時、和泉は初めて、美咲をハリセンで叩いてやりたい気持ちになった。




