完全黙秘
弁護士が来るまでは一切何もしゃべらない。
米島朋子は最初にそう宣言したが、本当に一言も口をきかなかった。今では雑談にすら応じなくなった。
弁護士と言ってもお抱えの私選弁護士がいる訳ではない。となると国選弁護人ということになるが、あまり儲けにならない弁護を引き受けたがる弁護士は少ない。
時間ばかりが経過していき、マジックミラー越しに取調室の様子を見ていた和泉も段々と苛立ってきた。
朋子が横領の主犯であり、優作を殺そうとした犯人であることは明確だ。
現在、彼女は傷害の現行犯ということで逮捕、拘留されている。
自分の会社の専務に怪我をさせたというのに、反省の色はまったくなく、この件に関しても完全に黙秘を貫いている。
目撃者が多数いようが、動かぬ証拠があろうが、彼女にとっては些細なことのようだった。
取調べを担当している刑事はきっと、相当苛立っているだろう。
窓越しに様子を見ているこちらにもわかる。煙草の吸殻は山積みにされているし、貧乏ゆすりをしている。
和泉は小さく舌打ちし、いったんその場を離れて廊下に出た。
あれから詐欺師殺しの捜査も停滞気味である。被害者の最後の足取りははっきりしないし、詐欺被害者達には一様にアリバイが存在する。いっそのこと迷宮入りか。
それにしても捜査本部と取調室が同じ警察署内で良かった、と和泉は思う。隙を見てこちらの様子を見に行くことが簡単だから。
すると。
「彰彦! 大変だ!!」
いつになく慌てた様子で聡介が走ってくる。こんなことはめずらしい。
「……なんですか?」
「美咲さんが、静香さんが、例の外人女性で……!!」
父は自分でも何を言っているのか、きっとわかっていない。
和泉は彼の両肩に手を置き、
「落ち着いてください。はい、ゆっくりと深呼吸して……」
「警部!!」
やはり慌てた様子で走って来たのは、制服警官の1人だった。
そして、
「和泉さん!!」美咲も一緒だった。
「美咲さん……?」
どうして彼女がここにいるのだろう?
「大変なんです、ビアンカが……!!」
誰も彼もが相当慌てて混乱している。
そして、さすがの和泉も廊下の向こうから見えた光景に驚いた。
かつて妻だった女性、本間静香が、悄然と婦人警官に付き添われ歩いている。
「……彰彦さん……」
眼に涙をいっぱい溜めて、静香は和泉を見上げてきた。
「いったい何があったんです?」
できるだけ元妻を見ないようにして、和泉は美咲に問いかけた。
「実は……」




