歩が裏返ると金になる?
「……僕もね、父親や祖父が敷いたレールの上だけは絶対に走らないって決めてたんだ」
お菓子もあるよ、と進一はスナック菓子の袋を取り出す。
周が遠慮すると、彼はつまらなそうに袋を空けた。
ごく幼い頃から、育ててくれた叔母も父も、スナック菓子だけは絶対に食べさせてくれなかった。
「僕の祖父はね……賢司さんと周君のお祖父さんと仲が良かったんだけど、二人とも実はこう言ったらなんだけど……成金じゃない」
それは否定しない。
というか、否定できる材料を周は持ち合わせていない。
「うちの祖父はとにかく政治家になりたくて……使える手段は何でも使ったらしいよ。多分、誰かに殺されても文句を言えないようなことをしてるんじゃないかな」
進一はポテトチップスを頬張る。
「自分が卑しい出自だからって、息子には立派な家柄のお嬢様をお嫁にあてがってさ……離婚しちゃったけど、そうしたら愛人が本妻の座に就いちゃって。僕の父も祖父の目が痛いからって僕には、東大とか京大とか一流の大学に入って、一流企業に勤めて、そういうのを期待してたみたいけど……冗談じゃない。僕は広島を離れるつもりはなかったから」
わかる気がした。
この人は、心から郷土を愛している。
今時の若者は仕事を求め、娯楽を求め、都会に出て行く。
けど。
こんな若い人もいたんだ……。
製薬会社が大きくなるにつれ、祖父は本社を東京に置くことに決め、早々に上京したそうだ。だから周の親族は皆、東京にいる。
だけど父だけはなぜか、故郷である広島で暮らすことに決めたらしい。
きっと父もこの地を離れがたく思っていたのだろう。
温暖な気候と煌めく瀬戸の海。そこに浮かぶ小さな島々。
東京では決して見ることのできない景色。
大好きな父が愛したものを、周も大切にしたいと思う。
その時、携帯電話の着信音が響いた。
進一は苦笑しながら、電話を手に取る。
「やだよね。こんな海の上でも、電波が通じるなんて……」
もしもし、と初めは穏やかな声で応じていた彼だが、ややあってなぜか急に顔色が変わった。
何か緊急事態だろうか?
「……ごめん、周君。戻らないと」
電話を切った進一の表情は硬かった。
周にも異存はない。そろそろ戻らないと姉が心配するだろう。
そうして船は宮島へと走り出した。




