瀬戸内海の旅
それから、進一は無言で歩き進める。
どこに向かっているのだろう?
しかし彼の背中には、今、話しかけるな……と書いてあるように思えた周は、無言でひたすら後をついていった。
やがて、到着したのは船着き場であった。
観光客が乗り降りするフェリー乗り場とはまた別である。
小型のボートやヨット、クルーザーなどが停泊している。
「今日はいい天気だから、ちょっと瀬戸内海を周遊してみようか?」
進一はそう言って、クルーザーに乗り込む。
手を引っ張られるままに周も同乗する。
エンジンのかかる音。進一は運転席に乗って舵を操作しはじめた。
「いい天気でほんと良かった。周君か賢司さんが、晴男なのかな」
クルーザーは瀬戸内の海をゆっくりと沖に向かって進み始める。
時折、牡蠣の養殖場などを横目に見ながら、大海原にどんどんと突き進んでいく。
もう少し行けば、その先はもう四国だ。
周は操舵室にいる進一の隣に立って、ガラス窓から見える瀬戸の島々、海の輝きに目を見張った。
「……これ、先生の持ち物?」
進一は笑う。
「まさか! うちの父親のだよ。ま、免許は自分で取ったんだけどね」
素人でもわかる、進一はかなり操舵に慣れている。
「俺、クルーザーなんて乗るの初めて……」
家庭教師は微笑み、器用に舵を取りつつ言った。
「あ、ほら見てごらん」
瀬戸の海に浮かぶ小さな島々が視界に入ってくる。
快晴で空気の乾いている今日は、かなり遠くまで見渡せる。
「あれが大久野島。知ってる?」
「……知らない」
「ウサギがやたらにいる島」
聞いたことはある。
でも、猫好きな周にとってはそれほど興味をそそられない。
それから進一は、あそこが何島……と聞いたこともない島の名前を教えてくれた。
「……詳しいですね」
周が手放しで褒めると、進一は微笑む。
「好きだから」
彼が県の活性化を願い、あれこれ尽力しているのは本当だろう。目が輝いている。
まだ若いのにしっかりとした目標を持っていることに、周は好感を覚えた。
しばらくして進一はエンジンを止めた。
彼の言う、あと少しで愛媛県に入るギリギリのラインだそうだ。
お茶でも飲む? と、彼はキャビンに向かった。周も後をついていく。
ちょっとしたホテルのスイートルーム並みに豪華な内装で、しつらえてある調度品も高価なものだとわかる。
進一は備え付けの冷蔵庫からジュースとミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、どっちにする? と訊ねてきた。
水、と答えるとペットボトルが飛んでくる。
寛いでね、と進一はソファに腰かける。周は頷いて向かいに腰を下ろした。
「周君、東京の大学目指しているんだよね?」
炭酸水のペットボトルを空けて口をつけながら、進一が不意に言った。
「……賢兄が、勝手に言ってるだけです」
周はそっぽを向いて、吐き出すような口調で答える。
すると家庭教師はいきなり立ち上がり、周の隣に腰を下ろす。それからそっと肩に手を回してくると、
「タメ口きいてよ」
周は黙って頷く。
「……他に就きたい職業があるの?」
なんでそんなに接近するのかわからないが、やや恥ずかしい。
周は汗をかきながら、できるだけ目を合わさないで、それでも不自然にならないよう気を遣いながら言った。
「いろいろ悩んでて……保育士か、警察官か」
これは事実だ。
わりと前から和泉には、将来は県警に入らない? と勧められていた。
それも悪くない……と思っていたけれど、先月から知り合った新しい友人の弟達と接していると、保育士もいいかな、とか悩み始めたのだ。
「保育士か学校の先生、ならまだわかるけど……警察官っていうのはどうして?」
「……知り合いが県警にいて、一緒に働けたらな……って。でもさっき、先生の話を聞いてたら、姉の実家を手伝うのもありかな、とか」
すると進一は笑って、
「……要するに、賢司さんの言いなりにはならないぞ、ってことだ?」
言われてみて初めて気付いた。
そうだ、確かにその通りだ……。
兄は弟を東京の大学に進ませ、やがて藤江製薬に就職させるつもりだ。
冗談じゃない。勝手にそんなことを決められてたまるものか。
挿し絵……適当過ぎっていうか、なんかすみません。




