本気で好きに
「そういえば周君のお義姉さん、あそこで働いてるんだっけ?」
「……働いてるっていうか……経営者の親族です」
進一は目をパチクリさせつつ、こちらの顔をまじまじとみつめてきた。
「ああ……!! お義姉さんの顔、どっかで見たと思ったらそういうことか。一時話題になった『美しすぎる仲居さん』だったんだね」
そういえば、そんなことがあった。
「そっか、そういうことかぁ」
と、進一はニヤニヤ笑いながら、どこか遠くを眺めている。
何を考えているのだろう?
「お義姉さん、今はもう働いてないんでしょ? 賢司さんから聞いたよ」
「それはそうですけど……でも、今でも手伝いに行くことは……」
給料は要らないなんて、どれほど仲居の仕事を愛しているというのだろう。
姉はきっと今頃、汗を流しながら一生懸命働いているに違いない。
「賢司さんね、お義姉さんを他の男の目に晒すのが嫌で仕方ないんだよ。わかるなぁ、その気持ち。自分の大切な彼女……じゃない、奥さんをできるだけ、見世物になんかしたくないもんね」
そうだろうか?
賢司は姉のことを、本当はどう思っているのだろう。
一度だって本音を聞いたことはない。
「……周君?」
なんでもないです、と適当に返事をする。
「ところでさ『白鴎館』の方だけど、第一印象はどうだった?」
「……ホストクラブみたい」
行ったことないけど。
到着した途端、従業員全員で一列に並んで出迎えるって、ちょっと気持ちが悪い。
進一は苦笑しつつ答える。
「ああ、あれはやめた方がいいって僕も思うんだよね。ま、あそこの若旦那もワンマンだからさ、あんまり人の意見を聞かないんだよね」
わかる気がする。
まだ一度しか会ったことはないけれど。
不意に進一が足を止める。なぜかそこは花屋の前であった。
黄色いバラに、黄色いカーネーション、それから水仙。
家庭教師が花屋の店員に注文したのは、全体として黄色い花束であった。
いろいろつきあって欲しい、と言われたことの一環が花屋での買い物だったということだろうか。
誰かの墓参りだろうか?
進一は花束を手に、どんどんと歩き進んで行く。周は黙って彼に手を引かれるまま、後ろをついていく。
進一は弥山の方面に歩いていく。やがて、少し上り坂のキツい場所さしかかり始めた。
周はふと道案内の看板を見た。右に進むと『紅葉谷公園』と書いてある。
しばらく歩いて、ようやく目的地に到着したようだ。
辺りを見回していて、周はギョっと驚いた。
『立入禁止』の黄色と黒のテープ。
紺色の制服を着た警察官が複数人集まり、額を寄せあって何か話している。
既に他にも誰か来ていたみたいで、花束はもう二つ置かれていた。
「ここは……?」
進一が振り返る。
「ニュース、見てない? こないだ、ここでドイツ人の他殺体が発見されたって言う話」
確かに聞いた。
そして、思い出した。
少し前にここ、宮島へ来た時、姉をナンパしてきた金髪碧眼の外国人男性がいた。
彼はやはり金髪碧眼の女性ともう一人、日本人男性の連れがいた。
そうだ……『シンイチ』と呼んでいた。2人は恐らく友人同士なのだろう。
周はしばらく言葉を失い、立ちすくんだ。
「……そんな顔しないでよ」
進一は手を伸ばし、優しく周の髪を撫でる。
それから彼は花束を地面にそっと置いた。
「一人で来ると、泣きそうだったからさ……」
周自身はあの外人に決して良い印象は持っていないが、彼にしてみれば親しい友人だったのだろう。
殺されて遺棄されたなんて、悲しい思いをしたに違いない。
「大丈夫ですよ!」
周は思わず、そう口にしていた。「この県警の刑事は優秀だから! 絶対に、犯人を捕まえてくれるって!!」
進一は少し呆気にとられた顔をしていたが、やがてニッコリと微笑む。
「周君は、優しいんだね……」
そう言ってから行こう、とその場を後にする。
「本気で好きになっちゃいそうだな」
彼は前を向いたまま、そう呟いた。




