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赤いトレンチコート

 猫の餌が切れたのと、牛乳がないことに気付いて、周は近くのコンビニに出かけた。

 午後7時過ぎ。既に外は真っ暗だ。


 一人で歩きながらぼんやりしていると学校でのことを思い出す。

 先月の事件以来、すっかり親しくなった円城寺と智哉は、二人揃って何かと周に気を遣ってくれる。


 優しい兄だと思っていた賢司が、実は弟のことをひどく憎んでいた。

 だけど驚いたりはしない。

 彼の母親は自分のことをまるで害虫か何かのように嫌っていたのだから。その息子だって同じだろう。

 むしろ今まで……美咲が嫁いでくる前まで……優しくしてくれていたことの方が、何か不思議な気がする。


 高校を卒業したら家を出よう。

 でも、そうなると義姉は……一緒に出ようといったらついて来てくれるだろうか?

 仮に彼女が頷いてくれたところで、兄は決して許さないだろう。


 そういえば、女将はあれから元気になったのだろうか?

 

 あれこれ考えていたら危うくコンビニの前を通り過ぎてしまうところだった。

 周は慌てて踵を返し、自動ドアの前に立った。


 買い物を終えてマンションに戻ると、隣室の前に知らない女性が立っていた。

 すらりとした体型の、横顔だけだがまず美人と言って差し支えないだろう。彼女は何度か連続してインターフォンを鳴らしていた。

 新聞記者だろうか?

 周は軽く彼女に会釈をして傍を通り抜けた。

 

 自宅のドアを開けて中に入ろうとした時、

「あの、すみません!」と女性に声をかけられた。

 彼女はものすごい勢いで近づいてきて周の肩を掴んだ。

 その必死の形相に、少なからず恐怖を覚える。

「な、何ですか……?」

「隣の家に、誰か女性が訪ねてきたりしてるの見ませんでした?」

 今、あんたが訪ねて来てるだろうが……などというツッコミはさておき。

「さぁ……?」

 周が曖昧に微笑んでみせて答えると、女性は肩を落として溜め息をついた。

 見知らぬ人間に『役に立たないわね』と言われているような気がしてムッとする。


 改めて正面から女性を見てみると、どうも記者とは違うような気がしてきた。

 つばの広い帽子に、ゆるく巻いた茶色の髪。

 赤いトレンチコートにかなり高さのあるピンヒール。


「お隣、留守がちですから。会いたいなら予め連絡取ったらどうですか?」

 余計なことかと思ったが、周はついそう口を出してしまった。すると女性は、

「連絡先を知っていますか?教えてください!!」


 マズイことを言った。どうしよう?

「いえ……」

「そう、すみませんでした」

 思いがけない言葉と、悄然とした様子で女性は踵を返した。

 今のはなんだったんだろうか? 周は不思議に思いながら靴を脱いだ。


 リビングに入ると義姉が台所の後片付けをしていた。

「おかえりなさい、今誰か、玄関にいたの? 話し声が聞こえたような……」

「知らない人。お隣を訪ねてきたみたいだけど」

「あら、ひょっとして女の人? 赤いコートを着た巻き髪の」

「義姉さん、知ってるの?」

「知らない人だけど、昼間に見かけたのよ。和泉さんに何か用があるみたい」

「和泉さんに……」

 どういう関係だろう?

 

 周が口を開きかけた時、美咲の携帯電話が鳴りだした。

 義姉は「はいはい」と、エプロンで手を拭きながら、ソファテーブルの上に置いてある携帯電話を手に取った。

「もしもし、お母さん? うん、大丈夫……え、明日?……」

 初めは元気そうだった美咲の声が段々としぼんでいく。

 

 最後にはひどく不安げな顔で通話を終えた。

「どうしたの?」

「……何か、大事な話があるから明日、旅館に来て欲しいって」

「俺も一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫よ。それに周君は学校があるじゃない」

 無理して微笑みながら彼女は台所に戻っていく。

 決して喜ばしい話ではないだろう。

 漠然とそんな予感がした。


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