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町興し

「周君、賢司さん、来てる?」

 進一の声だ。


 周はオカマを横目に、急いで玄関に走り出た。

「やぁ、今回は本当にありがとう。実を言うと、気になって様子を見に来たんだ」

 真打ち登場。歌舞伎役者くずれみたいな、オカマには退場願おう。


「あれ、晃さん? 何してるの」

 部屋の中に入ってきた進一は不思議そうな顔をする。どうやら知り合いらしい。


 そうだ、元はと言えばこの旅館の経営者が進一にモニター募集の話を持ちかけてきて、そうして現在に至る訳だ。

 晃さん、と呼ばれたオカマはなぜか苦々しげな表情を見せ、失礼、とだけ言い残して去っていく。

 

 二度とツラ見せるな!!

 周はその背中に向かって、胸の内だけで毒を吐いた。


「ねぇ、周君。お願いがあるんだけど」

 なんだろう?

「今日はいろいろ、僕に付き合って欲しいんだよね。言ってみればデートみたいなもんかな」

「……はい?」

「いいから一緒に来て」

 進一に無理矢理手を引っ張られ、部屋の外に連れ出される。


「待って、靴……」

 悪印象を与えないよう気を遣いながら、さりげなく手を振りほどいて、靴の紐を結ぶ。

 それから立ち上がり、改めて進一と向き合う。


 彼は笑顔だった。

 元々童顔なせいもあるのだろうが、なんとなく警戒心を解いてしまう、不思議で魅力的な笑顔。


「でも俺、ちゃんと勉強しろって賢兄に言われてるし……」

 なぜか周は目を逸らしてしまった。


 すると進一は、悪戯っ子のような目をしてこちらを見つめてくる。

「後で僕から、ごめんなさいって言っておくよ。それに。なんだったら、絶対に見つからないカンニングの方法だって教えてあげるよ?」


 ギョっとした。

 そんなこと、考えたこともない。


「……冗談だよ。ほら、行こう?」

 再び、周は進一に手を握られる。

 柔らかくて温かい、子供のような手だった。



 午後2時を回っているというのに、どの飲食店も、店の外に並んで待っている客が溢れかえっている。

 一時期に比べたらやや勢いが衰えた感じもするが、外国人観光客の姿も多い。


 進一はわざとなのか、そうではないのかわからないが、先ほどから周の手をつないで離そうとしない。

 すれ違う人の視線が痛いような気がして、ややいたたまれない気分がする。

 それでも不思議と嫌悪感はなかった。


 表参道は今日も大勢の人で賑わっている。

 どこかのテレビの取材、あるいはロケーションらしい。大きなカメラを肩に担いだ男性達に向かい、マイクを持った女性タレントが何やらしゃべっている。


「そういえばさぁ、夏の頃だっけ? 宮島とまわりの島々を橋でつなげて、再開発しようとかいう計画があったのってさ」

 人混みを縫って歩きながら、進一が言う。「僕に言わせれば、まったくバカバカしいっていうか、お金なんかかけなくても、既にあるものを上手く利用して、宣伝する方が効率もいいし、エコだと思うんだよね。今年大ヒットしたアニメの舞台になった町に、ファンが殺到した話、知ってる? 今度は宮島を舞台にして、何かアニメなり映画なりを撮ってくれたらいいのに」

 その映画なら話だけは知っている。

 観てはいないが。

「でもさぁ……先生。それって、一時的なものじゃない?」


 進一が振り返る。

「本気で島全体を活性化させたいと思うんなら、もっと他に方法があるんじゃないかと思うんですよね。経営不振で潰れそうになってる旅館もあるぐらいだし……」

 当然だが、今の周の頭の中は姉のことでいっぱいだ。


 家庭教師は足を止める。合わせて周も立ち止まった。

「それってもしかして『御柳亭』のこと?」

「……」

「……あそこの旅館、老舗で……僕もいろいろネットなんかの口コミを調べているんだけど、評判はイマイチなんだよね。料金が割と高めだし、それなのにサービスは微妙だとか、料理がおいしくないとか……」

 実を言うと周も少しネットで『御柳亭』について調べたことがある。


 総合評価はそこまで低くないものの、賛否両論と言ったところだろうか。一つだけ仲居が仲間を怒鳴る声が聞こえてきて、気分が悪いというコメントを見たことがあり、どうせあの感じの悪い仲居に違いない、と周は考えていた。


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