野生の勘
一人になってしまった周はどこかに抜け穴でもないかと、部屋の中を探り始めた。
見れば見るほど、豪華な部屋だということがわかる。調度品もそうだが、壁にかかっている掛け軸、置いてある壺などもきっと高価に違いない。
しかし。
ふと、周は掛け軸を何気なく眺めていて不審感を覚えた。
なんていうのかどこかおかしい。
理屈ではない。ただ、何かすっきりしない気分なのだ。
もっと近くに寄ってみよう。周が膝立ちになって畳の上を四つん這い状態で歩いていると、ピンポンとチャイムが鳴った。
ドキン!!
別に悪いことをしているつもりはないが、心臓が跳ね上がった。
思わず裏返った声ではぁい! と返事をする。
仲居が何か忘れたのだろうか? 周は思わず正座をした。
失礼いたします、と入って来たのはしかし、先ほど玄関に出迎えにきていた和服の男である。
やたらキツい眼で美咲を睨んでいたことに気付いていた、周は身構えてしまった。
男はきっと普段から慣れているのだろう。
すっと畳の上に正座し、それからあたりを見回す。
「……賢司さんは?」
さぁ? と、周はそっぽを向く。
「さっきあの女が外に出て行くのを確認したから、チャンスだと思ったのに……」
あの女?
まさか、姉のことか?
「まさか、行き先を知っていて隠しているんじゃないでしょうね?」
なんだ? この男。
そもそも男なのか?!
なよなよした仕草というのだろうか、片手に扇子を持っていて、それはいい。その扇子で口元を覆い、覗きこむような嫌な視線をこちらに向けてくる。
気持ち悪い。オカマか?!
その上、初めて会った相手を嘘つきと疑い、もし『あの女』というのが姉のことなら……許せない。
周は敵意を込めて相手を見つめた。すると、
「ああ、いやだ。下賤の者のそういう眼つきって我慢がならないんですよ……その上あなた、やたらあの女にそっくりな顔してますね……」
下賤の者?
ますます怒りが沸いてきた。
「あんた、何様のつもりだ?!」
男は大仰と言っていいほどに身体をのけぞらせ、それから向きを変えた。
「……無知って言うのは、ある意味で罪ですよね……」
言っている意味はピンとこないが、とにかく腹が立つのだけは確かだ。
「いったいなんなんだよ?! あんたは何様だ?!」
イライラする。
横目でこちらをチラチラ見てくる視線といい、明らかに年下である自分に対して敬語で話すところも、どう考えたってバカにされているとしか思えない。
賢司の知り合いらしいが本気でムカつく。
「人に名を訊ねる時は、まず自分から名乗るようにと教わりませんでしたか?」
周は完全にキレた。
「悪いけどこっちは、あんたの名前も素性も一切興味ねぇんだよ!! 賢兄はいないし、今ここにいるのは俺だけだ!! わかったらとっとと出て行け!!」
「あなた、本当に賢司さんの身内ですか……?」
「俺は藤江賢司の弟だ! 何か文句があるのか?!」
すると、相手の表情に僅かな変化が見られた。
「もしかして、あの……?」
『あの』ってなんだ?
周が問いただそうとなおも口を開きかけた時だ。
こんにちは~、と玄関の方から声が聞こえてきた。
掛け軸の絵についてはノーコメントで。




