学生の本分としては一応
宮島に到着すると既に観光客で賑わっていた。
時計を確認すると、午後1時を半分回っている。
旅館はフェリー乗り場からやや歩いた場所にあるため、到着した頃にようやくチェックインの時間となる目算である。
誰も一言も口を聞かないでいる。
少しだけ猫達のことが心配だったが、一泊ぐらいなら問題ないだろう。
白鴎館に到着する。
つい2年ほど前に改築したという旅館は、すっかり外観から何から美しく舗装されており、高級旅館に相応しい佇まいであった。
周達の姿を見つけた従業員が笑顔を見せる。
そして。
いらっしゃいませ、と玄関で出迎えてくれたのは恐らく従業員一同だろう。20人近くがハの字型に列を作って深々とお辞儀してくれる。
テレビで見た、ホストクラブの出迎えかと周は思った。
落ち着かない気分で靴を脱ぐと、和服姿の若い男性がやってきた。
「ようこそおいでくださいました」
彼はにこやかに、ご予約ありがとうございます、と挨拶していたが、賢司の後ろに隠れるようにして立っていた美咲に気付くと、なぜかいきなり笑顔を引っ込めた。
それどころか今にも怒り出しそうな形相になる。
しかし再び笑顔に戻ると、仲居の一人に部屋へ案内するよう命じた。
赤いふわふわの絨毯の上を歩き、案内されたのは離れの部屋である。なるほど、これなら料金的にはかなり値段が張るだろう。
それから館内の案内があり、夕食時間の聴取を終え、家族だけになった。
「いい部屋だね」
仲居が淹れてくれた緑茶を啜りながら、賢司は楽しそうに言う。
周は黙っていた。美咲はそうね、と素っ気ない。
それから、
「私、実家に行ってきていいかしら?」返事を待たずに美咲は立ち上がりかける。「周君も一緒に行きましょう?」
「ダメだよ、周は」
「なんでだよ?!」
「君はいいよ、美咲。行っておいで」
まるで追い払うかのような口調。
「……周君をどうするつもりなの?!」
賢司は肩を竦めた。
「やれやれ、どうしてこう……」
美咲は明らかに、敵意の眼で夫を見つめている。
「君は何のために実家へ行くんだい? 手伝いだろう。それも無給だって聞いている。いくら身内だからって、周にまでタダ働きさせるのか。それは感心しないな」
姉が給料はいらないから、と実家の手伝いをしていることは周も知っている。
「俺は、姉さんの手伝いをしたい……!!」
周は腰を浮かせて叫んだが、兄の目はひどく冷たかった。
「ダメだ。君は学生らしく、ちゃんと勉強をするんだ」
反論の余地を許さない正論ではある。
周が何と言ってこの場を切り抜けようかと、あれこれ悩んでいる内にスマートフォンが着信を知らせてきた。
周の電話だ。しかし、すぐに音は途絶えてしまう。
立ちすくんでいる美咲に対し、賢司は声をかける。
「急いだ方がいいんじゃないのか」
弾かれたように美咲は部屋を出る。
彼女の目が言っていた……『後で連絡するから』。
「僕も少し出かけてこようかな。宮島は久しぶりだ」
兄が立ち上がる。
昨夜、一応勉強道具は持参するように言われ、周はその通りに教科書や参考書は持参してきた。
しかし、とてもじゃないが勉強などする気になれない。
隙を見て部屋を出よう。




