勝手知ったる人の家
進一は周が黙っているのを見て不思議に思ったらしい。
突然、こんなことを訊いてきた。
「……ねぇ、周君。周君って、賢司さんのこと、どう思ってるの?」
大好きな優しい兄。
少し前まではそうだった。
でも今は正直なところ、よくわからない。
「よく、わかりません……」
味噌汁の鍋が沸騰し始めた。周はガスを切って、椀を取りに食器棚へ向かう。
むしろ、賢司の方が本当は自分のことをどう思っているのか、本人から聞きたいぐらいだ。
「実は、賢司さんからいろいろ聞いてるんだ。君達って異母兄弟なんだってね」
進一はメイの前肢をつついたり、鼻先をくっつけ合ったりして、猫と遊びながらいとも簡単にそう言った。
周は返事をしないでおいた。それが何だって言うんだ。
「でも賢司さん、優しいでしょ?」
表面上は、と胸の内で答える。
「そういう先生は……賢兄とどういう知り合いなんですか?」
すると進一は何を今さら、という表情で見つけてきた。
「どうもこうも……子供の頃から、家族ぐるみで付き合いがあったんだよ。ほら、それこそ仕事上だったり、他いろいろとね。うちの祖父と賢司さんのお祖父さんは仲が良かったし……僕は子供の頃に通ってた音楽教室で一緒だったし」
そういうことか。
いわゆる上流階級同士のお付き合い。
周が知らないのは無理もない。
一度も会ったことのない祖父は、周を藤江家の一員としては認めていない。公の場に出て社交的な付き合いをするのはあくまで、本妻の子供である賢司だけということだ。
別にそれが悔しいとか、そんなことはまったく感じていない。
ただ、自分の知らない世界で兄がどんなふうに生きてきたのか、それがわかればもしかしたら、もう少し理解しあえるのではないか……そう考えている。
今のままでいいとは少しも思わない。
賢司が自分のことを憎むのは仕方ない。無理に愛して欲しいなんて求めない。
ただ、それでも家族なのだから、いがみ合ったままではいたくない。
「ちなみにね」進一は猫を床に下ろし、何か含んだ笑顔で周を見つめてきた。「本当のところを言うと、僕も愛人の子なんだよ?」
料理を皿に盛りかけていた周は思わず、手を止めた。
詳しく聞きたい? と、家庭教師は台所にやってくる。
鍋から料理を2人分皿に盛ると、彼はそれをテーブルに運んだ。
「お箸、どこ? あとお茶……」
少しぼんやりしていた周は慌てて、食卓を整えることに集中した。
ややあって、二人向かい合ってダイニングテーブルに着席する。
「僕にとって幸いだったのはね」
味噌汁の椀を口に運びながら、進一は話し出す。
「他に兄弟がいなかった……そのことかな。僕が言うのも変だけど、うちの母ってすごい人なんだよ。子供がいない本妻を実質的に追い出すような形で、父のこと略奪したんだからね」
「……まわりから、何か言われたりしませんでしたか?」
くすっ、と家庭教師は笑う。
「そりゃね。散々いろいろ言われたらしいよ。まぁ、僕が生まれる前の話だし、子供だった僕には、大人達の言ってることなんて何一つわからなかったし……」
おそらく自分がこの家に引き取られる時にもきっと【何か】あったに違いないのだ。
父は一度だって、一言だってそんなことを口にしたことはないけれど。
「周君って、愛人の子だってことでコンプレックス持ってる?」
今まではそんなことを露も気にしたことなんてなかった。
父は愛してくれた。心から可愛がってくれて、大切にしてくれた。
けれど今は……。
「気にしない方がいいよ。僕が言うと説得力あると思うよ? 僕も散々、親戚からいろんなこと言われて……悪口も言われ慣れたクチだからさ」
と、進一は笑う。
そんなことに慣れるのも、なんだか悲しい話だな……。
周は口にこそしなかったものの、そう感じた。
「で、話はだいぶ前に戻るけど……宮島の白鴎館でのモニター体験、引き受けてくれる?」
周は少し考えた末に、姉と相談させてください、と答えるにとどめておいた。




