巡回連絡
それから奈々子と別れた後、和泉は教えられた住所に向かった。
場所は厳島神社からほど近く、土産物屋が並ぶ表参道を一本奥に入った路地裏である。
少し寄り道して、店を閉めかけようとしていた土産物屋に滑り込み、もみじ饅頭を購入する。
古い木造家屋がひしめきあうように並び、この島もだいぶ高齢化が進んでいるのだろうか、玄関先にスロープを設置している家がちらほらと見える。
それから和泉は時計を確認した。午後7時過ぎ。
いくら相手が高齢者だろうとまだ起きているだろう。
目的の家は表札がなかったが、番地から言って間違いない。
ドアチャイムがないので木枠のはまったガラス戸を叩く。
「浅井さん、こんばんは」
反応はない。
留守か、それとも……。
一瞬だけ和泉は、あらかじめ駐在所に寄ってこなかったことを後悔した。
駐在所に勤務する地域課の警官は管内住民の家族構成、職業などの個人情報を定期的に更新している。
『巡回連絡』といい、子供が迷子になったり、病気や事故があった際に連絡が取り易いようにするためだ。
もっともこんな小さな島であれば、警察官でなくても個人情報などダダ漏れなのが現実なのだが。
「おいあんた、浅井さんに何か用か?」
背後から声をかけられて和泉が振り返ると、料理人らしき白衣姿の男性が立っていた。
「ええ、まぁ」
「今からか? やめた方がえぇ。朝早くて夜も早いけぇな」
「まだ7時過ぎですよ?」
「夜に訪ねていくと、玄関の電気代がもったいないちゅうて叱られるで」
どれだけ節約しているんだ。
和泉は呆れて、少しの間黙り込んだ。
すると、
「……あんた、もしかして刑事か?」
「なぜです?」
「眼つきでわかる。わしも昔は同業者じゃったけぇな、廿日市南署におった。1人で動いとるっちゅうことは、事件ではなさそうじゃな?」
そう言われて改めて相手の顔を検分する。
が、顔だけではわからなかった。
長年刑事をやっているとたいてい、ヤクザと見分けがつかないぐらい人相が悪くなるのが普通だが、目の前のオジさんは至って普通だった。
「プライベートです」と、だけ和泉は答えた。
「ま、何にしても明日にするんじゃな」
「わかりました」と、しか答えようがない。
すると相手はふと思い出したように、
「そうじゃ、あいつを知っとるか? 駿河葵」
「知っていますが……」
思いがけない名前が出てきた。
「元気にやっとるんか?」
おそらくかつての駿河の同僚だろう。既に定年退職して、趣味で料理屋でも始めたのだろうか。
「ええ、元気ですよ」和泉が答えると、ほんなら、と元刑事は去って行った。
わかりましたとは言ったものの、そんなにゆっくりしてはいられない。
和泉は再度ガラス戸を叩く。
すると、明日にせぇ! と、引き戸の向こうから声が聞こえた。
なんだ、いるんじゃないか。
「明日ならよろしいのですね? 県警の和泉と申します。お聞きしたいことがあります。また明日伺います。少しですが、ここに手土産を置いていきます。それでは失礼します」
まるで留守番電話にメッセージを吹き込むようなことを言って、和泉は買ってきたもみじ饅頭を紙袋のまま玄関先に置いて立ち去った。
数メートルほど歩いて振り返ると、すでにそれは回収されていた。




