紹介したい人
店員がお冷いかがですか? と、席にやってきた。
すっかり飲み干していた周はお代りを頼み、そうして新里の顔を見つめた。
彼は何か知っている……。
ほぼ直感だが、周はそう感じた。
少しの間、二人の間に沈黙が降りた。
「おじさん、おじさんは俺の父さんの親友だったよね? だったら、俺の母親のこともきっと知ってるよね?」
姉の美咲と同じ母親。
父と母が出会ったきっかけは聞いているが、お互いにどれほど本気だったのかは知らない。
父の本当に気持ちと、母の気持ち。
周は切実にそのことを知りたい、と思っている。
「なんで、そんなこと……?」
「子供が親のことを知りたいと思うのは当然だろ?」
新里は上着のポケットから煙草を取り出す。
口に銜え、内ポケットから取り出したライターで火をつけようとした時だ。
「あら、新里さん」
知らない女性の声が頭上で聞こえた。
驚いて周が顔をあげると、どこかで見た顔の女性が微笑んでいる。
「タバコやめるって、こないだ皆の前で宣言してたわよね」
誰だっけ?
あ……そうだ!!
「あ、新しいバイオリニストの!?」
楽団のホームページを見ていた周は覚えている。名前は忘れてしまったが。
「……なんで知ってるんだ?」
楽団のホームページ見たから、と端的に答えるとああ、と納得してもらえた。
そういえば『紹介したい人がいる』と言っていたことを思いだす。
「……紹介するよ、三村亜沙子さん。うちの楽団のバイオリニスト」
初めまして、と彼女は微笑んだ。
年齢は姉と同じかやや若いか。
レースをふんだんにあしらった袖の白いカットソーに、グレーのプリーツスカート。
彫の深い顔立ちで、長い黒髪をアップにしてまとめている。
「電話、誰からだった?」
「コンマスからよ。私たちだけ、微調整が必要なんですって」
ふと周は以前、電話で新里から聞いた話を思い出した。
「ひょっとして、ドイツに行ってたっていう……?」
するとなぜか、彼女の表情は一瞬だけ曇った。
「そう! 音楽で留学っていうとオーストリアっていうイメージでしょ。でもね、ドイツにすごくいいスポンサーがいて……」
ペラペラと彼女は話し出した。
注文を聞きに来た店員にコーヒー、とだけ答えて、周が呆気にとられるほどのマシンガントークで、それでも興味のある楽団の話だったから、つい聞き入ってしまった。
新里は何も口を挟まず、ニコニコと亜沙子の話を聞いている。
「あの、実はおじさん……新里さんから聞きました。三村さんはものすごく、深い音色を奏でることができるって」
少しだけできた隙を狙って、周は口を挟んだ。
すると彼女は大仰な反応を見せ、
「まぁ! 新里さんたら!!」
それでも悪い気はしないようだ。唇の端が上がっている。
「あの、俺……じゃなくて僕、名古屋シティフィルの大ファンなんです! けど、残念だけど今年はチケット取れなくて……」
周が言うと、亜沙子は気の毒そうに眉根を寄せた。
「そう……あ、でも!」
彼女はそう言って、カバンからスケジュール手帳を取りだす。
「私達、個人的には旅館なんかで演奏することがあるのよ。新里さんと一緒に。ね?」
あ、ああ……と新里はやや気圧されたように答える。
「新里さん、ピアニストだから。パートナー組んでるの」
そう言われてみればわりと規模の大きい旅館だとかホテルでは、そういうミニコンサートが開かれることがあると知っている。
姉の実家もそんなことをしていたのだろうか?




