チョコレートパフェ
授業が終わってから周がスマホをチェックすると、あまり見覚えのない番号からのショートメールが来ていた。
いま噂の架空請求か? と思いつつ、メールを開く。
【周君へ。新里です。明日、もし都合がつけばどこかで会ってお話しませんか? 紹介したい人もいるので】
新里のおじさん!!
周は慌てて返信ボタンを押した。
【わかりました!! 新里さんの都合に合わせます】
しばらくして、新里から返信があった。
明日の夕方、広島の駅ビルで落ち合うことに決まった。
翌日、学校が終わると周は猛ダッシュで駅に向かった。
約束の時間にはまだ余裕があるが、一刻も早く新里に会いたいと思ったのである。
広島駅ビルは複合商業施設というのだろうか、若い女性向けの洋服を売っている店や、大型の本屋、お好み焼きの店が集う、いわば雑居ビルのようなものだ。
ここはいつ来ても賑わっている。
ちなみに周はビルの5階、本屋の奥にひっそりと佇む、昭和レトロな匂いのする喫茶店がお気に入りだった。
父親がひいきにしている店だった。
父が存命だった頃は時折、夏休みや春休みの折り電車で遠出すると必ず、この駅ビルの喫茶店に入ってお茶を飲んで帰るのが習慣だったことを思い出す。
父はコーヒー、周はいつもチョコレートパフェを頼んでいた。
新里が待ち合わせに指定したのも、同じ店だった。
父の親友だったと言う彼もまた、何度となく一緒にこの店を利用したに違いない。
サングラスみたいな薄い茶色のガラス戸を引き、カランカラン、というベルの音に迎えられて店内に入ると、新里は既に来ていた。
「おじさん!!」
周はつい、昔の呼び方そのままで声をかけてしまった。
彼は今、いくつになるだろう? 父の同級生だから、中年と呼んで差し支えない年齢には違いない。
それでも外見はほとんど変わらず、やや髪に白いものが混じったかという程度だ。
「周君。久しぶり……すっかり大きくなった」
穏やかな微笑み。
父もそうだが、父の親友であるこの人もまた、柔らかくて温和な人だ。
変わらない笑顔にホっとする。
「忙しいのに、時間取ってくれてありがとう!」
周は新里の向かいに腰かけ、通学カバンを隣の椅子に置いた。
それからしばらくは、他愛のない話や近況について話し合った。
彼は一応プロのピアノ奏者ではあるが、正直なところそれだけでは生活していけないらしい。それに、しょっちゅう日本全国を回っている。
楽団の演奏会の他、ソロの仕事もちょくちょく入るそうで、移動距離だけなら日本を何周もしているそうだ。
有名な楽団ではあるが演奏の仕事だけでは食べていけないらしい。副業をしながら、定期演奏家に出演しているという状況である。
それでも好きなことを仕事にして、とても幸せだと言っていたのが周にはひどく印象的だった。
ただ。
周の心には、どうしても引っかかることがあった。
彼の所属する名古屋シティフィル楽団のチケット。自分の預かり知らない内に兄が勝手に、もう要らないと言ってきたとは。
「ねぇ、おじさん……」
すっかり空になったパフェのグラスに長い柄のスプーンを突っ込んで、無意味にかき回しながら、周は向かいに座る父親の友人を見つめた。
「賢兄がもう、チケット要らないって言ってきたの、いつの話?」
新里は初め、なんでそんなこと? という顔でこちらを見つめてきたが、やがて何か思い当たる節でもあるのか、そわそわし始めた。
周はぐっと我慢して相手の出方を待った。
「……悠司が亡くなって、割とすぐの頃かな。俺の顔を見ると、必然的に父親のことを思い出すだろう? それじゃ周君が辛いだろうからって……賢司君がね」
たぶんそれは本当のことだろう。
でも、ほんとうにただそれだけだったのだろうか?
もしかしたら本当は……。




