父の一人捜査
また来たのか、と土産物屋のみっちゃんはあからさまに迷惑そうな顔をした。
「お仕事中に申し訳ありません、この男性をご存知ですか?」
聡介は西島進一の顔写真を見せながら訊ねた。
一緒に組んだ所轄の若い刑事は、眠そうな眼を擦りながらメモを取る準備をしている。
和泉はあれから一度も捜査本部へ姿を見せなかった。当然と言えば当然かもしれないが、少し寂しい気がしていた。
「ああ、この人……広島経済大の学生さんでしょう?うちの店にアンケートに来たわ」即答。聞かれることを予測して、予め用意しておいた回答のようだ。
「アンケート?」
「ええ、そう。ここをもっと観光地として売り込むために、ていう運動みたいなことしてるんですって」
「……それだけですか?」
「それだけって、他に何があるの?」
動揺が顔に出た。隠し事ができないタイプだ。
「アレックスさんの詐欺被害に遭った女性達が結成した、被害者の会をご存知ですか?」
「ああ、そうなの? あ、いらっしゃいませー!」
もう話すことはないという意思表示。
刑事達は大人しく引き下がった。
やけに観光客が多いと思ったら、今日は土曜日。週末だった。
昨夜、長女のさくらから電話がかかってきて、聡介はすべての複雑な事情を知ることができた。
和泉さんからは口止めされていたんだけど、と娘は申し訳なさそうに言った。
おかげで靄が晴れてすっきりしたのはいいが、向こうは向こうで何かと立て続けに事件が起きているらしい。
今日はせっかく宮島に来ていることだし、少し様子を見てこよう。
聡介は若い刑事に、先に本部へ戻っているよう指示した。
それから旅館へと向かう。
一応、営業はしているようだったが……閑散としていた。
玄関をくぐると、いらっしゃいませ、と若い仲居が声をかけてくる。
「……警察の者ですが」
ああ、と相手は納得したような顔になった。
すると。お父さん! と孫を抱いた娘がやってきた。
「さくら……!! お前、怪我は?!」
「私は大丈夫。それよりも、専務さんが……」
聡介は娘の肩をぽんぽん、と叩いて、どこか落ち着いて話せる場所に移動しようと声をかけた。
朱色の絨毯が敷き詰められたロビーにはいくつかの応接セットがあり、大きなガラス窓から見える日本庭園は実に美しいが、今はそれらを楽しんでいる余裕はない。
「昨日のことを、もう一度詳しく聞かせてもらえるか?」
娘は頷き、事の次第を話して聞かせてくれた。
「彰彦はどうしているか、知っているか?」
「和泉さんは、優作さんと一緒に廿日市南署っていう警察署へ……その、仲居頭の朋子さんっていう方が護送されて……事情聴取のために」
そうか。和泉は今、自分達と同じ廿日市南署にいるのか。
まったく気付かなかった。捜査本部のある会議室は3階、恐らく彼らは2階にある刑事課か地域課にいたに違いない。
「さくら……お前はその仲居頭について、何か気付いたことはなかったか?」
娘は少し考えた後、いじいじと動き出した赤ん坊の背中をさすり、
「……気のせいかもしれないけど、ひどく敵視されていたような気がするわ。私が、どうしてもって女将さんに頼みこんで、いろいろお手伝いをさせてもらっていたせいかしら。お給料はいらないからって言ったんだけど……やっぱり、人件費が発生することを気にされていたのかしら」
聡介は直感で思った。
おそらく、それだけではない。
「他に、その場にいたのは?」
「板前さんの一人と、女将さんと……」
「女将さんから話を訊けるだろうか?」
その時、最初に出迎えてくれた若い仲居が通りかかったので、聡介は彼女を呼び止めた。
しばらくして女将がロビーにやってきた。
やつれてしまって、眼の下にうっすら隈が浮いていた。
「恐れ入ります、昨日の事件について……」
まだ若く美しい女将は、苦しそうに昨日のことを話してくれた。




