警戒を解く
「どうも、初めまして! 西島進一っていいます」
明るい声音で挨拶しながら入ってきたのは、自分とそれほど歳が変わらないように思える、若い男性だった。
どこかで見たような気がするが、気のせいだろうか?
「君が周君? 賢司さんから、いろいろ聞いてるよ。よろしくね!!」
屈託のない笑顔で相手は右手を差し出す。
周が黙って視線を逸らすと、傍に立っていた賢司が無理矢理、弟の手を掴んで握手をさせる。
「あれ? ひょっとしてご機嫌ナナメなのかな」
「すまないね、進一君。この子、勉強嫌いで。本当に子供だから……」
兄はぐりぐりと力を込めて周の頭をかき回す。痛かった。
無理矢理、力で抑えつけられている。
可愛い、と進一君と呼ばれた男は笑う。
「じゃあ、さっそくだけど始めようか。リビングがいい? それとも……」
だったら、言うことをきくフリをしてやる。
「先生、こっち。俺の部屋にきて」
周は家庭教師の手をとって自分の部屋に招じ入れた。
あらためて正面から向き合ってみると、やってきた家庭教師は童顔で、育ちの良さそうなおっとりとした雰囲気を醸し出している。
一応スーツにネクタイを締めているのだが、どうも七五三のように見えてしまう。
兄のやり方には腹が立つことこの上ないが、この際だから、数学でわからないところを家庭教師に質問しよう。そう考えた周は机の上に参考書を広げた。
すると。思った以上に家庭教師は優秀であった。
和泉も教え方が上手だが、この若い男性も決して負けていない。不明瞭だったところが明瞭になって、すとんと腑に落ちた。
その後も、この際だからと付箋を貼っておいたところすべてを質問してみる。
すべての疑問が解消した際、周は思わず、いっそ利用できるものは利用しようという気分になっていた。
そうして気がつけば正午である。
コンコン、と部屋をノックする音がした。
「……進一君、良かったら一緒に食事していかないか。ちょうどお昼だし」
賢司の声がする。姉はまだ帰宅していないのだろうか。
「はーい、ありがとうございます!」
その時周は、ふと気がついた。
進一の指、それも小指に金色のリングがはまっている。
めずらしいところに指輪をしているものだ。
部屋を出てリビングに入ると、テーブルの上には賢司が用意したのであろう料理が並んでいる。
「うわ、すごい!! 賢司さんが料理できるっていうのは聞いてたけど、ご馳走になるのは初めてだなぁ。おいしそう!!」
進一は嬉しそうに言う。
賢司の知り合いにしては、明るくて屈託がない。
そこへ美咲が帰ってきた。
ただいま、と言いながらリビングに入ってきた姉は、知らない顔がいることに驚きを隠せないようだった。
「おじゃましてます! 周君の家庭教師で、西島進一って言います。賢司さんの奥さんですよね? いつもお世話になっています!」
どうやら姉も、何も聞いていなかったらしい。
戸惑いを隠しきれない様子で、それでも笑顔を取り繕い、挨拶を述べる。
「そういえばこないだ、田代先生のパーティーでお見かけしましたよ。ビアンカと話していたでしょう?」
すると、美咲の表情がぱっと明るくなる。
そう言えば。先日、付き合いで仕方なく行ったパーティーで知り合った、ドイツ人女性と親しくなったと言う話を美咲から聞いている。
先日、宮島で出会ったナンパ男の知人だったということも。
確かそんな名前だった。
「ああ、そういえば……!」
「僕、ビアンカとは古くからの友人なんですよ」
その一言ですっかり美咲は、この家庭教師に対して警戒心を解いたようだ。
不思議な人だな、と周は思った。
何と言うのか、それほど構えなくてもよさそうだ。
たとえ、賢司が連れてきた、自分にとっては理不尽とも思える目的のために遣わされた相手であろうと。
キャラの描き分けができてない……(涙)
和泉に見える……(汗)




