家庭教師がやってきた!
『実を言うと、俺の方も会って話せないかと思っていたんだ。紹介したい人がいてね』
「わかった。じゃあおじさん、連絡先教えてもらえる?」
彼の携帯電話の番号をメモしていると、背後に人の気配を感じた。
詳しいことはまた後で、と周は急いで電話を切る。
振り返ると賢司が後ろに立っていた。
この頃、どういう訳か兄はちゃんと帰宅し、休みの日には家にいることが多い。
そのことにさえ、何かしら作為的な思惑があるのではないかと疑ってしまう。
「……電話、誰から?」
「……友達から」
嘘ではないものの、とっさに周はあやふやな回答を口にした。
「ふぅん……美咲は? 姿が見えないようだけど」
「出かけてるよ……何、姉さんが傍にいないと不安な訳?」
返事はない。
まさか、図星だったのだろうか。
賢司は無言のまま台所に向かうと、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
「なぁ……賢兄」
周は兄の背中に向かって話しかけた。
「俺のこと、本当はどう思ってるの?」
どういう答えが返ってくるのかなんて、予想はできる。
「もちろん、可愛い弟だよ」やっぱりな。
「僕の言うことをちゃんと聞く限りはね」
周は何も言うことができなかった。
黙っていると、半乾き状態の猫が足にまとわりついてくる。もしかして心配してくれているのだろうか?
周は猫を腕に抱き上げた。
「そうだ、周。君に家庭教師を用意したんだよ」
突然、賢司がそう言った。
「そんなの、頼んだ覚えは……!」
耳の近くで大きな声を出された猫は驚き、周の腕から飛び降りていく。
「薬学を学ぶのに理数系が苦手なんじゃ、話にならないからね」
「……わからないところは、和泉さんに教えてもらうからいい」
すると賢司の顔に微かだが、不快感のようなものが見て取れた。
「彼の本業はなんだい? 和泉さんが家庭教師や塾の先生なら、少し無理を言ってでも、こちらからお金を支払って教えてもらうように頼むよ。だけど彼は警察官だ、教師じゃない。少し、彼の好意に甘え過ぎじゃないのか? 向こうにだって自分の仕事や生活がある。ワガママは大概にするんだね」
確かにその通りだ。
だけど。
「俺は、東京の大学になんか行かない!」
「周……」
「広島を離れるつもりはない。姉さんの傍にいる。ずっと離れて生きてきたんだ……これからは……」
その時、ピンポンとドアチャイムが鳴った。
「ああ、来たみたいだ」
そう言いながら賢司は玄関に向かう。
「周、君の家庭教師だよ」
まさか、もうそこまで来ていたなんて。
こちらに抗う術も与えないまま、自分の思う通りに事を運んでいる。
それが、あんたのやり方なのか……!?
周は入ってこようとする新たな人物を、敵意のこもった眼差しで見つめた。
割烹にアップしたイラストを表紙イラストとして使い回してみました。




