生き字引き
イラストは一条えりん様からいただきました!!
いつもたいへんお世話になっております。
これも表紙のイメージですね!
少しの間、沈黙が落ちた。
「……結局、横領の疑惑については?」
奈々子は首を横に振る。
「闇の中です。何しろ20年近く前の話だし、時効は成立しているし、何より社長が犯人は決まっている上に、身内の恥をさらすわけにいかないの一点張りで。うやむやになったままなんです」
そうですか、と和泉が相槌を打った頃にパフェが運ばれて来た。
「私は横領だの脱税だの、そういうお金に関する難しいことはよくわかりませんけど、古くからいるベテランさんの話では、経理関係については社長が一切取り仕切っていて、他の人がチェックを入れる隙がなかったそうです……だから皆、言ってます。実際のところ横領犯は社長で、亡くなった弟さんに全部罪をなすりつけたんじゃないかって。もっとも確たる証拠もありませんけどね」
奈々子はしゃべりながら器用にパフェを口に運んだ。
「ワンマン社長とその愛人ですか。権力者が白いものを黒だといえば、その下の人間は皆それに肯かざるを得ない……中小企業にはよくある話です」
「警察にはないんですか?」
和泉は苦笑せざるを得なかった。
「まぁ、そのことはともかく。当時のことをよく知っている人に話を聞くしかありませんね。旅館の存続のためには、膿を排除する必要がある……」
「……あ!」
突然、奈々子が大きな声を出した。
「どうしました?」
「思い出しました、宮島のことなら野良猫が何匹赤ちゃんを生んだかまで把握してる生き字引みたいな人がいるって聞いたことあります。ただ、すごく気難しい人で、なかなか会うことも難しいって話ですよ」
「大丈夫ですよ、私にはこれがありますから」
和泉は内ポケットからちらり、と警察手帳を見せてみる。
「名前と住所は……ちょっと待ってくださいね」
奈々子は携帯電話で誰かに電話をし始めた。
うんうん、と頷きながら紙ナプキンを手元に引き寄せ、帯に挿していたボールペンでメモを取った。
浅井梅子、広島県廿日市市宮島町……。
「ありがとうございます」
和泉は礼を言って伝票を取り上げた。
和泉さん、と彼女が呼びかける。
「美咲さんは私の、命の恩人なんです。いろいろあって、一度に何もかもなくした私を助けてくれたのは……生きるための糧を与えてくれたのは彼女なんです。だから私、彼女のためなら、少しでも苦しみを和らげてあげられるなら……何だってします! お願いします、どうか……」
わかりました。和泉は営業用ではなく、心から微笑んで見せた。