隣のクラスの教室は
会議室の入り口で紺色の制服がちらちら見える。鑑識員だ。
何を遠慮しているのだろう?
不思議に思って聡介がドアに近づくと、そこに背の高い女性が立っていた。
彼女は驚き、挨拶をしてからきょろきょろと会議室の中を見回す。
「誰かを探しているのか?」
「いえ、あの……」
「郁美!」と、結衣が声をかけた。「残念だけど、和泉さんならいないわよ」
「えっ?!」
そういえば! と、聡介は思い出したことがあった。
「君、もしかして平林郁美巡査か?」
突然、声をかけられた相手はやや戸惑いつつも、肯定の返事をする。
やっぱりか。聡介は嬉しくなってしまった。
「すまないな、あのバカむす……彰彦は……今、ちょっと……」
バカ息子、と言いかけて辛うじて思い留まる。
そうですか……と相手も残念そうだ。
が、それを見ていて聡介は嬉しくなってしまった。
和泉もいい加減、もう一度身を固めたら少しは落ち着くのではなかろうか。
「相原さんから話は聞いている。なんとか、彰彦とのことは協力するから」
「は、はい。ありがとうございます!!」
郁美は喜びに涙ぐんだ眼で聡介を見つめてくる。
わりと素直そうで、頭の良さそうな、息子の相手にはぴったりではないか?
「あ、そうだ。これ、良かったら皆さんで……」
差し出された袋には、チョコレートやらクッキーやらが大量に入っていた。
和泉さんによろしくお伝えください、と言い残して彼女は去って行った。
「なぁうさこ、彼女はどういう女性なんだ?」
期待を胸いっぱいに聡介は結衣に尋ねた。
相原が推薦するぐらいだから、間違いはないと思うが。
「……自分にも他人にも厳しい職人気質です。仕事熱心だし、頼りになるし」
結衣はもらったチョコレートを一つつまみ、口に放り込んでから、
「ただ……和泉さんとは、あまりしっくり来る気がしないんですよね……」
「なぜだ?」
うーん、と言葉を探している様子だ。
「まさかお前……実は彰彦のことが……?」
「違います!!」
結衣は力いっぱい否定した。
ほんとは好きなのに素直になれないとか、そういった少女漫画によくあるアレだろうか?
娘が学生時代、よくそんな漫画を読んでいたのを見た記憶がある。
「わ、わた……私は、その……」
何を言おうとしているのだろう?
「私が、す、す……」
「あーっ!!」いきなり日下部が大声を上げた。
「どうした?!」
「ありましたよ、被害者の会!!微妙に実名を隠してますが、これは間違いないと思います」
真っ黒な背景の中に赤い文字が浮かび上がっている。文字はなぜかすべて緑や青で統一されており、老眼が始まって来た聡介には読みにくいことこの上ない。
そこに書かれていたのは暴言の数々。
そして、純情な中高年である聡介が思わず赤面してしまう、赤裸々な文章。
日下部が言うように実名は隠されているが、確かにアレックスに騙された詐欺被害者達の書きこんだ内容と思われる。
まともに読んでいたら頭がおかしくなりそうだ。
インターネットは匿名で投稿できるためだからか、バレなければ何をしてもいいとわれるフシがある。
しかし、実際のところは捜査の為であれば発信元を特定することは可能だ。
聡介は腕時計を確認した。今ならまだ裁判所に当番がいるはずだ。
サイトの管理人、発行者を調べなければならない。
今夜も午前様になるな。
聡介は少し疲労を覚えた。
手書きの字が汚くてすみません……。




