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仲居頭、ご乱心

「和泉さん!?」

 曲がり角で、ちょうど奈々子と出くわした。

「どうしました? 何があったんですか!!」

「女将さんが、専務さんで……!!」

「落ち着いてください! とにかく……現場へ!!」

 和泉は走り出した。


 優作が赤ん坊を腕に、後ろをついてくる気配がある。


 案内された場所は調理場である。


挿絵(By みてみん)


 右腕を抑えたワイシャツ姿の男性がうずくまり、すぐ傍に青い顔をした女将が寄り添っている。

 

 床にポタポタッと赤い血が流れ落ちた。

 

 そして。

 ぶるぶると震えながら、血のついた包丁を握っていたのは、確か、仲居頭だ。名前は一度聞いたが忘れた。

 

 他には若い板前が一人と、青い顔をしたさくらが立ちすくんでいる。

「……救急車!!」

 優作は急いで携帯電話を操作し始めた。

 

 そして次の瞬間。

 悲鳴とも雄叫びとも聞こえる奇声を発し、仲居頭は包丁を振り上げ、優作に向かって突進してきた。


「死ねぇーっ!!」


 和泉は二人の間に滑り込み、手近にあったレードルをつかんだ。

 思いきり力を込めてそれを降り下ろし、仲居頭の手の甲を叩く。

 うめき声と共に包丁がカラン、と音を立てて床に落ちる。


 和泉は足でそれを遠く離れた場所に蹴飛ばし、隙を見せた相手の後ろに回り込んで、後ろ手を取った。


「……朋子さん!!」

 女将の悲痛な声で思い出す。


 そうだ、名前……。

「米島朋子さん。殺人未遂及び、傷害罪で現行犯逮捕します」

 別れる時に聡介が持たせてくれた手錠が、思いがけず役に立った。


※※※※※※※※※


 腕を怪我した男性は救急車に運ばれ、女将がそれに付き添った。

「いったい、何があったんですか……?」

 朋子は駆け付けた駐在所の警官に付き添われて連行されて行った。

 ここの管轄は廿日市南署である。忙しいことだ。

 

 その場にいたのは負傷した男性、女将、そして板前の一人と、さくらが一緒だったそうだ。

 

 彼女が無事でよかった。

 怪我をした男性には申し訳ないが、正直に和泉はそう思った。


「さくらちゃん、何があったの?」

「……休憩時間だって聞いたから、皆さんにお茶を淹れようと思って、調理場にお邪魔したんです。そうしてこちらの板前さんと少しお話していたら……仲居頭の方がいらして……」

 彼女はやや青ざめた顔をして話し出した。

「なんだか急に、大きな声であれこれ言われて……」

 まだ若い板前も青い顔をして、

「茶葉はどこかって聞かれたから、案内しようと思って歩いてたら……向こうから仲居頭の朋子さんがやってきたんです。突然に怒鳴りつけられて、逃げた方がいいですよって言って、そしたら向こうから女将さんがいらして……女将が来たら、余計にキレちゃって。騒ぎを聞きつけた専務さんが、止めに入ったら……いきなり包丁を女将さんに向けたんです」

「仲居頭は……朋子さんは、何か言っていましたか?」

 さくらは言い淀んでいる。

 おそらく口にするのが躊躇われるような罵詈雑言だったのだろう。


 すると代わりに板前が答えた。

「あいつ、自分だって社長の愛人のくせに、女将のこと売女だって喚いたんですよ」

「……どういうことですか?」

 板前はなぜかちらりと奈々子を見た。

「専務と女将ができてるんじゃないかって噂です。それで朋子が女将に切りかかって……専務が庇った、そういうことです」

 なぁ? と板前は同意を求めて仲居を見る。

「……はい」

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