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スタンドプレイ

 便利な世の中になったものだな、と有村優作が言った。

「え? 何が」

「どこにいてもパソコンとネットさえあれば仕事ができる。携帯電話もある。たまにはこうして〆切に追われた作家のように、旅館に泊まって仕事をするのもいいな」

 

 彼の地元は宮島から少し離れた尾道である。地元で会計事務所を営んでいる彼の顧客は当然、尾道市内に多く存在する。

 このところ御柳亭の経営再建につきっきりで取り掛かってくれていたが、さすがに従来の顧客をほったらかしにする訳にはいかない。


 しかし彼は女将の好意で旅館に宿泊しつつ、ずっと宮島を離れなかった。

 妻と子供も呼び寄せたので会計事務所の電話番はいない。

 

 それで、ネットと携帯電話を使用して得意客達との遣り取りをしているのだ。

「ありがとうね、優君」


「それはいいんだが……アキ先生。さっきからなぜ、そこで体育座りでいじけているんだ?」

「……だって……叱られたんだもん」

 お前はもう捜査から外れていい、と言った父の眼は真剣そのものだった。

 冗談を言っている顔ではない。


「お義父さんにか?」

 優作はふっ、と笑う。「刑事ドラマでよくある、あれか? 捜査本部の意向に沿わない方針で勝手に突っ走って、上から疎まれるという……スタンドプレイってやつだ」

「そんなカッコいい話じゃないよ」

「……カッコいい? ふん、そんなもの……唯我独尊、周囲と歩調を合わせることのできない、自己中心的な人間の自画自賛だ」

「……君の口から、そんな台詞を聞くとは思わなかったな。優君って、クラスの中でいつも浮いてたよね?」

 二人の間に微妙な空気が流れた。


 さっきまで泣いていた赤ん坊は、やっと静かになってくれた。

 

 聡介から最終通告を受けた和泉は、ショックはショックだったものの、これ幸いとばかりに宮島へ足を運んだのであった。


「で、さくらちゃんは?」

 優作の宿泊している部屋に行くと、彼と赤ん坊の二人きりだった。

「あいつは生来の貧乏性なのか、じっとしていられない体質なのか、女将に無理矢理頼みこんで、旅館の仕事を手伝っている」

「彼女らしいね」

 和泉は母親そっくりの顔をしている、聡介の孫を見つめて微笑んだ。


「それで、あれから変わったことは?」

「昨日、表参道を歩いていたら、三階の窓から植木鉢が落ちてきた」

「……怪我は?!」

「ない。さすが俺だ、すんでのところで危険に気付いて回避した」

「それは何より。で、経営再建の方は?」

「この俺が見ているんだ、順調でない訳がない」

 優秀な会計士は答えた。


 年内の閉館を予定していたが、来年の3月まで延長することになった。

 この頃、旅館の評判は上昇中で、外国人観光客はもちろん、国内からの宿泊客と団体での予約が増えたらしい。

「やっぱり、優君に頼んで正解だったね」

 和泉が微笑むと、優作は幼い頃に戻ったかのような表情になった。


 その時だった。

「きゃーっ!!」

 布を引き裂くような悲鳴、という慣用句があるが、まさにそんな声だった。


 和泉は急いで立ち上がり部屋を飛び出した。



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