取調室いまむかし
ビアンカについては、彼女の父親がドイツの有名医療機器メーカーの重役であり、長年日本の支社で働いているというその関係で来日しているのだと聞いた。
「先ほどの質問に戻りますが、あなたの大切な女性が被害に遭ったのでしょうか」
駿河が質問を再開すると、
「そうですよ、って答えたら僕が犯人にされるんですか? 無理矢理警察署に連れて行かれて、拷問みたいな取り調べを受けて、自白を強要されるのかな」
進一は笑って言った。
「お前さん、刑事ドラマ好きか?」
友永がいきなり口を開いた。
「別に好きじゃありませんけど、そういう話はよく聞きます。状況証拠ってやつですよね? だったらビアンカにも動機はありますよ。僕達を疑うなら証拠を持ってきてください。アレックスを殺したっていう物証を。あの日、僕がもし宮島に行っていたら、きっとどこかの防犯カメラに写っています。フェリーの乗船キップにも僕の指紋がついているでしょうね」
駿河はこの青年から妙な自信のようなものを感じた。
こういう容疑者を見たことがある。状況証拠は揃っているのに、物証がないばかりに送検へ持ち込めないと分かった時。
刑事達の無能さを嘲笑うかのようなふてぶてしさを見せる犯罪者を。
人数分のあんみつが運ばれてくる。
正直言ってそんな気分ではない。が、食べ物を粗末にするのも気が引けた。
「……1つ教えてやるよ」
相棒は進一を見つめつつ、行儀悪くスプーンを突きつけながら言う。
「殺した証拠を見つけるより、殺していない証拠を提出する方がずっと骨が折れるんだぜ?」
「……」
「ま、俺達も物証がなければ動けないのは確かだけどな」
それから進一は不敵な笑顔を浮かべてこちらを見つめてくる。
「ねぇ、刑事さん。痴情のもつれっていう線では捜査してないの?」
今度はこちらが言葉を失う番だった。
「あいつがあちこちでいろいろトラブル起こしてたの、とっくに調べてるでしょ? なんだっけ、ほら……詐欺事件を追う部署があるじゃない」
「捜査情報を漏らす訳にはいきません」
駿河が真面目一辺倒に答えると、進一は興醒めしたような顔をして肩を竦めた。
「昔ね、こんなドラマを見たことがあるんだ」
彼はあんみつを頬張りながら、楽しそうに言った。「恋愛商法でたくさんの女の人を騙して、大金を貢がせて、それでも上手く警察の手から逃げて……そんな男が主人公だったんだけど。本当に最後の最後……出演者とかスタッフとかのテロップが流れる頃になって、突然物陰から出てきた女の人が、その主人公を刺したんだよね。すごかったよ。もう番組終わるのに、こんな終わり方って……」
駿河は相手が何を言おうとしてるのか、図ろうと懸命に努力した。
「つまりあなたは、詐欺被害者の女性の誰かが犯人ではないかと?」
ビアンカの顔色をちらりと見た。
彼女はなぜか、青い顔をして黙っている。
「可能性として、一番考えられるでしょう?」
それはそうだ。
進一は可笑しそうに笑って肩を揺する。
「もしかして、全員アリバイありとか? だとしたら、ネットの効果じゃないかな」
「……どういう意味ですか」
まだすべて裏を取った訳ではないが、被害届を出した女性達のアリバイは現在のところすべて「あり」だ。
「ほら、なんとかの被害者の会ってあるでしょう。誰かがそういうスレを立てて、代表者の誰かがこの日のこの時間にアレックスを殺すから、疑われたくない人は全員、外出してアリバイを確保しましょうとか書きこんだんじゃないですか」
ネット用語があまりわからない駿河は思わず友永の横顔を見た。
彼はある程度理解しているようで、厳しい顔をしている。
「そういう掲示板に心当たりがあるのか?」
相棒の問いかけに進一は笑って、
「なくはないですよ、それはもちろん。だって楽しいじゃないですか」
この青年は何を考えている?
駿河の頭の中はやや、混乱し始めていた。




