隠れ家的な
「進一、どこに行くつもりなの?」
助手席のビアンカが不安そうにたずねる。
「……誰にも聞かれたくないからさ、隠れ家に行こうと思って」
時々、秘境の地にとても美味しい料理を提供する店がある、なんていう番組を放送しているが……まさにそんな感じの辺鄙な場所にある一軒家の前で、西島進一は車を停めた。
「ここなら、誰の耳も気にしなくて済みますよ?」
店には他に誰の姿もなかった。
時刻は午後3時過ぎ。
進一の行きつけの店らしい。
店員は彼の姿を見るなり、奥まった個室のような場所に通してくれた。
この店のクリームあんみつが美味しいんですよ、と進一は笑う。
彼はマイペースに店員を呼び、さっさと4人分のあんみつを注文した。
友永が黙っているので、駿河が思い切って口を開いた。
「……アレックスさんが殺害された日の夜、最後にあなたが一緒にいたそうですね」
すると進一は眼を丸くし、驚いた表情をしてみせた。
「……今ごろそんなことを聞きに来られたんですか? そうですよ、いつものことです。お金がないから何か食べさせてくれ、ってたかりにきたんです」
「……あれだけ稼いでいたのに?」
友永が口を挟む。
進一は苦笑した。
「アレックスに言わせれば、女性達から騙し盗ったお金は、ほとんどドイツの両親に宛てて送ったそうですよ。本当かどうかわかりませんが」
「新天地のお好み焼き店で、彼とケンカになったそうですね?」
「それもいつものことです」
彼は表情一つ変えずに、そう答えた。
そして、
「彼は日本人、いや東洋人全体を蔑視しているんです」
吐き捨てるように言う。
駿河は友永に視線を送った。
まだ質問を続けていいか?
いいぞ、好きにやれ。
「刑事さん、ご存知ですか? 世界中には未だに人種差別や偏見によってテロや戦争が起きているんです。彼は、ゲルマン民族が世界で一番優れた人種だと本気で信じていたんですよ」
「……我々はあなたと、国際問題を論じ合うために来たのではありません」
「まったく論点がずれているとも思いませんが?」
駿河はビアンカの表情をちらりと見守った。
少し青い顔をしているように見える。
やがて再び、進一が口を開いた。
「アレックスは日本人女性を、騙しやすくて最高級のカモだと見ていました」
その時の彼の表情を見ていて、駿河は感じるものがあった。
「……どなたか、あなたの大切な女性が被害に遭ったのですか?」
すると進一ははっ、と顔を上げた。
微かに後悔したような表情。
「そんなことより、刑事さん達が話を聞きにきたってことは僕、警察に疑われてるってことなんですよね?」
刑事達は沈黙した。
「ねぇ、ビアンカ。どうしよう。僕が最後にアレックスといたから、疑われているってこと? ビアンカからも教えてあげてよ。あいつがどういう人間だったか」
ビアンカは驚いた顔で、そう言った隣の青年を見つめた。
「……」
「僕のこと庇ってくれるだろう? 助けてくれるよね?」
駿河はなんとなく違和感のようなものを覚えた。
上手く説明できないが、何か不愉快な感触がまとわりついている。
ビアンカは少し迷ったような表情を見せた後、
「確かに、胸を張って紹介できるような人では……ありませんでした。それでも……子供の頃はあんなふうじゃなかったんです……」
俯き、落ち着かなさそうに手を擦り合わせる。
「ビアンカって本当は、アレックスが好きだったんだよね」
「進一!!」
「親が勝手に決めた婚約だったけど、本当は嬉しかったんだよね。断ったのは、アレックスの女癖があんまりにもだらしないから。そうだよね」
「……西島さん、あなたとビアンカさんの関係は?」
駿河が訊ねると、父親同士が仕事の関係でつながりがあり、プライベートでも親しいのだという答えがあった。
その時、思い出した。
田代代議士を励ますパーティーにこの青年も出席していたことを。
彼は間違いなく西島義雄の孫だろう。




