おそらくビューティフル!
その日も平和の内に一日が終わり、本当はまだ仕事は残っているが、和泉は早めに退庁した。
聡介に車を持って返ってもらうよう頼んで鍵を渡し、宮島方面へ急ぐ。
昨夜、奈々子から連絡があった。
女将と専務がいよいよ旅館を閉めようかと話し合っているのをこっそり聞いてしまったと。
彼女はたまたま通りがかりに耳にしてしまっただけなので、まだ公にはなっていないそうだ。
誰にも言わないように釘をさしておき、和泉は真相を確かめるべく宮島へ向かった。
宮島は今日も観光客で賑わっている。先日の上層部会議で、増え続ける外国人観光客に対応すべく、警官達に英語や中国語を覚えさせよう、という話がでたらしい。
確かに、何か事件に巻き込まれた外国人から事情聴取をするのに言葉が通じないのでは話にならないだろう。
そんなことを考えながら、和泉は約束の場所に向かった。
昭和の色濃いレトロな喫茶店で、コーヒーを注文して相手を待つ。
カラン、と店のドアが開く音がして和泉が顔を上げると、待ち人ではなく金髪碧眼の白人女性と同じく白人男性、そして恐らく日本人の若い男性の三人組が入ってきた。
白人女性は何かに怒っているようで、英語ではない言語で二人の連れに向かってまくし立てている。
それに対して男性二人がまぁまぁ、と宥めているようだ。
三人組のすぐあとに奈々子が店に入ってきた。
制服である和服姿のままで和泉の方に駆け寄ってくる。白人女性が奈々子を見て何か言った。
笑顔になったので、着物を見て喜んだのだろう。
彼女は和泉の向かいに腰かけるなり、まだ正式な発表はありません、と言った。
「最近、様子はいかがですか?」
「美咲さんがいなくなってからはババァ……っと、朋子さんの天下ですよ。何しろ社長の愛人ですからね。言いたい放題、やりたい放題、今までは美咲さんが仲居頭まではいかないまでも、リーダーシップをとって新人の教育したり、あれこれ細かいところまで女将を助けていたんです。何しろ旅館のことは隅々まで知ってますからね。それなのに朋子のババァときたら……女将を蹴落とそうとしているのが丸わかりで」
注文を取りに来た店員にチョコレートパフェを注文して、奈々子は唇を尖らせた。
「他の皆さんはどう仰っているんですか?」
「……古くからいるベテランは皆さん、逆らったら首が危ないってわかってるから黙っています。まったく、独裁政権ってこういうことでしょうか」
「そういえば先月、女将は入院されてましたよね?」
和泉は運ばれて来たコーヒーを一口飲んだ。
「そうなんです。朋子さんのおかげでクレームは増えるわ、新人が入ってもちっとも続かないわ、知ってます? 求人広告出すのってけっこうなお金がかかるんですよ。新しく人を雇ってもすぐに辞めちゃうから、また求人広告出して、それでも人手が足りなくなると派遣会社にお願いして、高い人件費払って……まるでシロアリですよ。家の内部から食い尽くして行って、最後に倒壊させちゃう」
奈々子は紙おしぼりで手を拭きながら、窓から外を見つめつつ言った。
「適切な例えだと思いますよ。ま、笑い事ではありませんけどね」
「旅館が潰れちゃったら、困る人は大勢います。私だって……それに何より、美咲さんが悲しみます。好きな人と引き裂かれて、借金のかたにお嫁に行くなんて、そんな辛い思いまでして守りたかった旅館が……」