割烹にて
やっぱりドイツ製の車なのだな、と美咲は思った。
真っ赤なアウディ。
待ち合わせ場所でビアンカと落ち合うと、彼女は少し遠出しましょう、と車に乗せてくれた。
運転マナーが日本一悪いと言われる広島ナンバーの車に挟まれても、ビアンカは慣れたもので、少しも動じることなく器用にハンドルを操作した。
そして到着したのは割烹と呼べる佇まい。
和食料理店のようだ。
彼女は予約を入れてくれていて、他の客席とは隔てられた個室に案内された。
「ビアンカ、アレックスさんのことは……」
向かい合って座り、美咲が言いかけるとビアンカは首を横に振り、
「その話は後にしましょ。美咲、牡蠣は好き? このお店の土手鍋が美味しいのよ」
ええ、と頷いて美咲は口を閉じた。
それからなんとなく白く美しい肌をした美女を見つめた。
彼女は先ほどから笑顔を絶やさない。
こちらのことを好意的に感じてくれているのが伝わってくる。だけど。
彼女があの代議士のパーティーに来ていたということは、それなりに社会的な地位があるということだろう。
いわゆる上流階級同士の付き合い。
そんなものを、自分に求められているのだとしたら……?
「どうしてそんな、不安そうな顔をしているの?」
ずばり内心を言い当てられて、美咲は戸惑った。
ビアンカは微笑んで、
「お会計の心配ならしなくていいのよ。私が誘ったんだから」
「そうじゃないの……」
店員が注文を取りに来たので会話は中断となった。
「ところで、美咲」ビアンカはふと思い出したように、「今さらだけど、アキヒコって誰のこと? ご主人のことじゃないのよね?」
「……えっと、弟の友達なの」
「ああ、それで。アレックスったら、日本人の名前なんて全然わからないから、すっかり信じちゃっておかしかったわ」
ひとしきり二人で笑った後、ビアンカは急に真剣な表情になった。
「ところであの後、本当に大丈夫だったの?」
なんとなく嘘をついても見抜かれそうだと思い、美咲は帰り際フェリー乗り場であったことを打ち明けた。
すると彼女はやっぱりね、と溜め息をついた。
「あの男、本当にどうしようもないわね……もしもあのまま結婚していたら今頃どうなってたか……」
「えっ?」
「親が勝手に決めたことなんだけどね。私、どうしてもアレックスのことが好きになれなくて……元々父の仕事の関係でこっちに来てたんだけど……」
ビアンカはほうじ茶を自分と美咲の湯呑みに注いだ。
「じゃあ彼は、あなたを追って日本へ……?」
「お金の無心にね」
吐き捨てるようなビアンカの口調に、美咲は彼女がアレックスをどう思っていたかをすぐに悟った。
「あの人、お金と女にだらしないのよ。ドイツにいた時もいろいろやってたっていう、悪い噂が嫌というほど耳に入ってきた。まぁ、女達の方も遊びだと割り切っていたから、適当に贅沢させてもらって、お互いに飽きたらさようならって感じ。でもね……」
ビアンカは途中で言葉を切り、お茶を飲んだ。
「やめましょ、こんな話」
料理が運ばれてきてしばらくは、ビアンカの詳しい経歴を聞いた。
彼女は幼い頃父親の仕事の都合で来日し、ずっと日本で育ったという。
母親は今から3年前、ドイツにいる親の面倒を見る為、父と娘を日本に残して帰国したのだそうだ。




