刑事失格
「あの……いくらなんでも、これは……」
昨夜は捜査本部に泊まり込みだった。
あの後、優作からこれと言った問題や事件についての報告はない。
そうは言っても気にはなる。今日も隙を見て、宮島へ行こうとしていた和泉だったが……。
とうとう業を煮やした父、高岡聡介によって手錠でつながれてしまったのである。
和泉は利き手である左手、父は右手にそれぞれ、鋼製の固い輪っかで文字通り『離れられない』状態になってしまった。
「じゃ、張り切って聞き込みに出かけようか? 和泉警部補殿」
「あの、高岡警部様……」
「いいから行くぞ」
聡介が動くと、強制的に和泉も意思に反して引っ張られてしまう。
「あ、ちょっと忘れ物……」
和泉が反対方向へ進路を変えると、当然ながら手錠でつながれている聡介も引きずられる。
「うわっ?!」
そして。
バランスを崩した二人は、床の上に折り重なって背中を打ち付けてしまう。
「いたた……聡さん、大丈夫ですか?」
「何をやってるんだ、お前は……」
ふと気がつくと、和泉が聡介を押し倒しているような形になっていた。
ばさっ。書類が落ちて散らばる音。
ふと振り返ると肩越しに、鑑識課の制服を着た背の高い女性が青い顔をして立っているのが見えた。
あれは確か、うさこの友人。
父も異様な事態に気付いたらしい。
「どけ、早く!!」
「聡さん。僕、実は聡さんのことが……!!」
がばっ!!
「ぎぃやぁあああーっ!?」
ぶたれた。思いっきり。
どうにか事態に収拾をつけ、和泉達は外に出た。
解剖の結果、被害者の体内からお好み焼きと思われる物が発見された今、殺害されるまでの足取りを追うことに集中している。
捜査2課が行動を追っていた相手ではあるが、縦割りの警察社会の中、情報共有などというのは甘い幻想である。
市内にお好み焼店が何軒あると思うのか。
観光客ならガイドブックに載っている店へ迷わず向かうだろう。
だが、地元民や何年か住んでいる人間はそれこそ、穴場と呼ばれる店を知っている。
何軒かのお好み焼き屋を巡ったが、すべて空振りに終わった。そして気がつけば、既に午後1時半を回っていた。
少し休憩するか、と聡介が言ってくれた時、和泉は心底ほっとした。
が、それも束の間の話である。
完全に怒らせてしまったようだ。
普段、温厚な人間ほどキレると怖いというが、あれは真実だ。
いわば唯一リラックスできる食事の時間だというのに、聡介はさっきから一言も口もきいてくれない。久しぶりだ。
気まずい……。
それに結局、手錠を外してくれない。
仕方ないので2人はカウンター席に並んで座った。
「あの、さすがにこれ、外してもらえますよね? 僕、左利きだから……」
おそるおそる和泉が父の顔色を伺うと、
「右手で食え」と、にべもない。くすん。
しかし、やっとしゃべってくれたことに少し安心する。
「あの……まだ怒ってます?」
「何が」
「いろいろ心当たりがありすぎて、もう何がなんだか……」
あ、マズい。
ややあって、聡介は鼻を鳴らした。
彰彦、と名前を呼ばれ、びくっと身体全体が震えてしまう。
「最近、優作とよく会ってるらしいな。二人揃って父親の悪口か?」
どこから情報が漏れた? そうか、あのファザコン娘……!!
「め、滅相もございません!!」
「……さくらから少しは話を聞いた」
まぁ、そうでしょうね。
和泉が続く言葉をおそるおそる待っていると、
「お前は今回の捜査から外れろ。今のお前みたいに、中途半端な気持ちの人間が一人でもいると、迷惑だ」
そうきたか……。どこか覚悟はしていたが。
はいわかりました、と答える気はない。
どうにかして両立できる。
和泉の中にそんな驕りがあったのも確かだ。
「有給が溶けるほど残っていたな? この際だから自立することを考えて、部屋探しにいそしんだらどうだ」
とっとと出て行けっていうことか?
聡さん、と言いかけて声にならなかった。
「……被害者の無念は俺達が晴らす」
聡介は真っ直ぐにこちらを見て、そう言った。
「同情に値する被害者とは、僕にはとうてい思えませんが」
何人もの女性から金銭を騙しとり、その気もないくせに彼女達の心を弄んだ男。
だが。普段の和泉なら、そう考えたとしても決して口にはしなかった。
ただ今は、やや平常心を失っていたのは確かだ。
「そういうことを言う奴は、刑事失格だ。とにかくお前には捜査から外れてもらう。いいな?」




